膨らむ誤解2
目を閉じると、沖田さんの言動一つ一つが、まるで録画でもされていたかのように頭の中で何度も再生される。再生されては巻き戻し、また、再生される。
気が付くと、あれだけにぎやかだった子供たちの声がいつの間にか聞こえなくなっていた。ここでの遊びに飽きて、どこか違う場所にでも行ったのだろう。そうなると、一気に周りから音が消える。もちろん場所にもよるけれど、この時代は本当に静かだ。
今まで当たり前に聞こえていた車や電車の走行音、信号機が青色に変わった時の電子音、コンクリートの上を歩くヒールの鋭い音に、大きなテレビモニターから流れるCMの音楽や人の声など、上げればきりがないほどの色んな音を耳にしていたのに、ここでは無音に近い時すらあるくらいだ。
もう一度ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする。一度、二度そうしてから、ゆっくりとまぶたを開けた。目の前には見覚えのある風景があるだけだった。無意識に、小さなため息が出た。
——最近、思う事がある。以前より、沖田さんの態度が冷たくなったように感じる。出会って間もない頃は、面倒くさそうな顔を向けられるのも仕方がないと納得していたけれど、それでも、楽しいと思える事が少なからずあった。一緒に出かけたり、縁側で月を眺めたり。私のためにおにぎりを作ってくれた時なんかは本当に嬉しかった。初めての膝枕は、きっと忘れる事などできないし、隊服に袖を通した姿を初めて見た時は、こっそりと感動した。けれど今は、顔を合わせても笑顔はない。そうなってしまった原因のひとつに、楠さんとの事をきちんと説明できなかったからではあるのだろうけれど、それよりも前から、なんとなく距離を置かれている気がしなくもなかった。
寂しくて、寂しくて、寂しくて——どうしようもないけれど、それでも沖田さんを目で追ってしまう。
「やっぱり好き……」
思わず声に出ていた。
分かってはいたけれど、思っているだけと言葉するのとでは全然違う。正直、自分の気持ちを認める事が怖くて今まで口にする事はなかったし、そもそも相談する相手もいなかった。
理性に蓋をする事ができれば、どれだけ楽だろうと何度も思った。膝を抱え、顔を埋めた。
どれくらいそうしていたのか、足の甲に冷たいものが当たった事に気付き、反動で顔を上げるといつの間にか空は灰色に染まっていた。雨が降り出す前に戻ろうと立ち上がり、足を踏み出そうとした瞬間、背中の方から何かの鳴き声が聞こえた。振り返ると、すぐそばに子猫の姿が見えた。手を伸ばし、恐る恐る抱き上げる。すると、さらに声を上げて鳴き始めるものだから、胸に寄せ、あやすようにしながらお堂の方へと移動した。
「はぐれたの?」
返事がないとは分かっていながらも、思わずそう聞いていた。
「雨降ってきちゃったね」
降ってきたと思ってからは早かった。灰色の雲はあっという間に空を覆いつくしている。
建物にくっつくようにして雨宿りをするけれど、足元はすでに濡れてしまっていた。空を見上げたところでどうしようもないけれど、今はそれくらいしかする事がなかった。
先ほどまでしきりに鳴いていた子猫は、落ち着きを取り戻したのか静かにその身を丸めている。
屯所まで目と鼻の先とは言え、この雨では走って帰るにしてもずぶ濡れになるのは目に見えている。仕方ないと言い聞かせ、雨がやむのを大人しく待つ事にした。
ずいぶん前から人の気配はなかったけれど、この雰囲気も相まって余計に寂しさを感じる。
雨の勢いは弱まる事なくひたすらに地面を濡らし続け、早くも水たまりになっているところもあった。
通り過ぎたと思っていた梅雨が、気まぐれに引き返してきたかのような降り方だ。
不意に、雨の向こう側に目を凝らすと、誰かが傘をさして歩いているのが見えた。その人は、真っ直ぐにこちらに向かってきた。大きな番傘が邪魔をして顔が見えない。警戒していると、その人はほとんど目の前に来てから傘の下から顔をのぞかせた。
「沖田さん?」
名前を呼ぶと、ほんの少しだけ目を細めた。
「君がなかなか戻ってこないから探しに来たんだ」
「すみません。急に雨が降ってきたので、ここで雨宿りをしていました」
「寒くない?」
「はい、私は大丈夫です」
答えると、不思議そうな顔をしたのも束の間、私に抱かれている子猫に気付いて驚いた顔をしたけれど、すぐに頬を緩めた。
「迷子なの?」
言いながら子猫の頭を撫でた。




