重ならない想い5
「原田さん、これなんてどうですか?」
何個目かに手にした匂い袋を原田さんの顔の前に差し出す。
「くれはは甘い香りが好きなのか?」
「はい」
「いいんじゃねぇか」
「本当ですか? それじゃあ、これにします」
最終的に選んだのは、白い生地に小さな花の模様がある、薄い黄色の紐で縛ってある物だ。
支払いを済ませてくれた原田さんにお礼を言うと、反対にお礼を言われた。
匂い袋を早速懐に入れる。それだけで、ものすごくお洒落をした気分だった。
屯所に戻り、午前中に干しておいた洗濯物の様子を見に行く。薄い手ぬぐいやなんかは乾いていたけれど、浴衣はもう少しといった感じだった。乾いた物だけでもと、確認してしながら物干し竿から外す。両手に抱えたそれらを縁側に置き、静かなそこでたたんでいく。
今日はいつもより人が少ない。
原田さんも、屯所に戻るなり少し稽古をしてくると、すぐに壬生寺へ出かけてしまった。
普段は騒がしい屯所も、これだけ静かだと返って落ち着かない。
空を見上げれば、大きな雲が広がっている。
しばらくして、縁側を歩く足音に気付いて顔を上げると、今は会いたくない人がそこにいた。
「くれはさん」
楠さんだ。
動揺して言葉が詰まった。
「隣、座ってもいいですか?」
本当は、逃げ出したかった。けれど、原田さんに言われた事を思い出し、答える代わりに手振りだけで「どうぞ」と言った。
「あの——」
何を話し出すのだろうと思うと、心臓がきゅっとなる。
「今朝の事は、すみませんでした」
その声色は、本気でそう言っているようだった。
「それで」と言いかけた彼の言葉を遮って、「ごめんなさい」と頭を下げた。
こうなる事を分かっていたのか、あまり驚いた様子はなく、黙ったまま肩を落とした。その顔は、まだ十代とは思えないほど大人びていた。
理由を言わなければと、どうにか頭を働かせるけれど、私にはただ一言「ごめんない」を言うのが精一杯だった。
「分かりました」
とりあえずといった彼の返事に、ほんの少しだけ安心した。すっと立ち上がると、すぐに立ち去るのかと思いきや、私の正面に回った。
再び身構える。すると、困ったように笑った。
「さっきは謝りましたけど、でも、後悔はしてません」
その目は真剣だった。軽く頭を下げると、わずかに頬を緩めた。
彼の後ろ姿を見送りながら、原田さんと同じ事を思った。
とりあえずは、これで良かった。
結局沖田さんの姿を見かけたのは、その日の夕飯のあとしばらく経ってからの事だった。山南さんに頼まれていた着物のほころびを繕い終え、それを持って行く途中に、遠目ではあったけれど横顔を見る事ができた。誰かと話ているようだったので声はかけなかったけれど、それでも、姿を見れた事に安心した。
「山南さん、くれはです」
襖越しに声をかけると、部屋の中から柔らかい声が返ってきた。
「一応は直してみたんですけど、確認してもらってもいいですか?」
着物を山南さんに差し出すと、確認もせずに微笑んだ。
「くれはさんはいつも丁寧にやってくれますから」
そう言うと、手にしたそれを崩す事なく足元に置いた。
「ありがとうございます」
「いえ、礼を言うのはこちらの方ですよ。ありがとう」
にっこり微笑んでいるのが素の表情かと思えるほど、山南さんは穏やかな人だ。そして、良いも悪いも空気のような人だとも思った。たぶんそれは、ここにいる人たちの個性が強すぎるからだろう。
山南敬介、後の新撰組総長。見た目通り、物腰の柔らかな人だ。
彼もまた、それほど多くの文献が残っているわけではない。写真も残っていないため、初めて本人を目の前にした時の第一印象は、肌が綺麗な人、だった。正直、本気で羨ましいと思ったほどだ。
それから、事実か嘘か、山南さんには島原遊郭に明里という恋人がいるらしい。その事に対して賛否両論言われているけれど、もしもその恋の結末が本当なら、山南さんの運命もまた、文献通りと言う事になる。その事に対しては、あまり深くは考えたくない事実だ。
山南さんは私の前でも足を崩す事なくきちんと座り、着物を渡すついでにと煎れたお茶を、相変わらず美味しそうに飲んでくれている。
「ここでの生活には慣れましたか?」
湯飲みをお盆に置いてからゆっくりとそう聞かれた。
「はい、だいぶ慣れました。皆さん良くしてくださいますので」
「それは良かった。未来への手がかりは見つかりそうですか?」
「いえ、そっちは全然だめです。何度も壬生寺に通ってはいるんですけど、何も分からないままです」
「そうですか」
私の気持ちを察してか、ため息混じりにそう言った。




