重ならない想い4
「それは、分かってるんですけど……」
「それよりあいつ、くれはに惚れてたとはな」
「私も驚きました」
「実はな、俺も今日、その娘にきちんと断ろうと思ってんだ。特別好きな人がいるとかじゃないんだけど、ほら、俺たちはさ、極端な話いつ死ぬかなんて分かんないだろ? だから今は、そういう特定の女は作らない事にしてる」
何も言い返せなかった。
「適当に遊ぶくらいがちょうどいいんだよ」
そう言って笑って見せるけれど、少しだけ、嘘に聞こえた。
「帰ったら、くれはもちゃんと答えてやれよ」
「……はい」
四条大橋を渡り、花見小路通りに入ってすぐに、そのきんつば屋はあった。店の前で立ち止まり、一旦私に視線を向けてから、歩き出そうとしたその時、風ではためく藍色の暖簾の奥から女性が出てきた。いや、女性と言うよりも、女の子と言った方がしっくりとくる。直感で、彼女だと思った。
原田さんは、顔だけで挨拶をした。
「これ、受け取った」
懐から恋文を取り出してその彼女に見せた。すると、彼女の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
間違いない、恋文の送り主は彼女だ。
「あ、あの。良かったら中へどうぞ」
手振りを付けてそう言った彼女に、原田さんは首を横に振るだけだった。
「何度もこうやって文をくれるのは嬉しいんだけど、俺の事は諦めてくれないか?」
二人の会話から、原田さんが恋文をもらったのは今回が初めてではないらしい。可愛いらしい笑顔は私よりもずっと年下に見えるけれど、原田さんを想う気持ちは強く、声こそ荒げたりはしないけれど、すぐには引き下がらないと言った様子だった。それでも原田さんは冷静に、なだめるように言葉を並べている。
次第に居たたまれなくなり、原田さんの背中に隠れるようにしていると、突然振り返った原田さんに肩を抱かれた。
「前にも言ったよな、俺には大事な人がいるって」
この展開は、その先を言わずとも想像がついた。
原田さんは、察しろと言わんばかりに彼女を真っ直ぐに見つめている。すると、彼女の顔が瞬く間に歪んでいく。今にもこぼれ落ちそうな涙を我慢しながら、唇を噛む姿を見て私の方が泣きそうになった。それから彼女は、声を振り絞るようにして「分かりました」と告げると、足早に暖簾の向こう側へと姿を消した。
原田さんはなんとも言えない顔を私に向けると、「悪い」とだけ言った。
四条通りに戻り、少し歩いたところで原田さんがゆっくりと足を止めた。
「こんな事に付き合わせちまって、すまなかったな」
「いえ……」
どうして原田さんが私を一緒に連れてきたのか、これで理由が分かった。
「俺らが京都に来てすぐの頃にな、輩に絡まれてたあの娘をたまたま助けたのが俺で——」
そこまで話すとふっと息を吐いた。
「想ってくれるのはありがたいんだが、さっきも話した通り、今は誰か一人を特別に想ったりはできないんだよ。だから……」
そう言うと、困ったように笑った。
「くれは、本当に悪かったな」
「いえ、私は全然。原田さんて、前から思ってたんですけど、モテますよね」
「ん? どういう意味だ?」
「ああ、えっと。今回みたいに恋文をもらったりだとか、たくさんの女性から好かれると言うか。こんな説明で分かりますか?」
目を細め、黙って頷くと、私の頭に手を乗せた。
「ありがとな」
誰もが憧れるこの状況に、本来ならドキドキするのだろうけれど、単純に嬉しいと思うだけだった。どちらかと言うと、小さい子供がお兄ちゃんに褒められた時のような感覚に近いのかもしれない。
きんつば屋の彼女の事は、とりあえずはこれで良かったと原田さんは言った。
一度断られただけでは諦めず、何度も恋文を送るほど原田さんの事が好きだったのだから、大事な人がいるという言葉だけでなく、偽物でも私が目の前に現れたのだから、彼女が傷付いた事は考えなくても分かる。さすがに切ない気持ちにはなるけれど、こればかりはどうしようもない——
屯所に戻る途中、付き合わせたお礼がしたいと言われて一軒のお店に立ち寄った。
一歩入るなり、色んな香りが鼻を抜けた。店内に並んでいる色とりどりの巾着袋は、手のひらにすっぽりと収まるほど小さなものだ。
「いい香りですね」
そう言って原田さんを見ると、優しく微笑んでいる。
「手に取ってもいいですか?」
店主に聞くと、にっこりとした笑顔で手振りで答えてくれた。
「くれはが好きなのを選べばいい」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
素直に心が踊る。
端から順番に手に取っては匂い袋を鼻に近付ける。どこか懐かしい香りや、嗅いだ事のない香りなど、そうしているだけで楽しくて時間を忘れられる。




