強がり、嫉妬3
あの日、沖田さんと一緒だった方は、遠目でも女性らしい女性だった。口元に手を添えて話す仕草なんかは、私が同じようにやったところで似ても似つかないだろう。
あの女性との関係を、聞きたいのに聞けない。そんな日悶々としたが続いた。
今日は、朝から灰色の空が広がっている。山の上の方を見ると、ここよりもずっと濃い灰色をしている。
雨が降りそうで降らない。ぐっと我慢しているような空と、自分の心が重なる——
洗濯物を全て軒下に移動させてから、道場に向かった。
「近藤さん、雨が降りそうなので早めに買い物に行ってきますね」
入口すぐのところにいた近藤さんにそう告げると、「ああ、頼んだよ」と短い返事が返ってきた。
台所に置いてある一番小さなかごを持ち、近くにあった番傘を片手に屯所を出た。
いつもなら屯所を出て左へ真っ直ぐ行くところだけれど、一つ目の角を右に曲がり、前川低の前を通り過ぎた。
少しでも気分を変えたくて、いつもとは違う道を選んで歩いた。
番傘はまだ、閉じたままだ。
一本上の通りに移動すると、途端に人通りが増え、その中を歩いていると、頬に冷たいものが当たった。反動で空を見上げる。
──とうとう降ってきた。
思ってから、心なしか早歩きになる。
一番近くにあった八百屋に入った。何にしようかと悩んだ結果、しろ菜とじゃがいもを選び、持ってきた小さいかごに入るだけ買った。たくさん買ってくれたからと、おまけをしてくれたご主人にお礼を言って店を出ると、本格的に雨が降り出していた。
持っていた番傘を開きかけ、やっぱりやめた。店の端に寄り、そこの軒先で通りの様子を伺う。
番傘を差した年配の女性が、風呂敷に包んだ荷物を大事そうに抱えて歩いている。笠を被った男性が、水溜まりを気にもせずに目の前を小走りに通り過ぎて行く。手をつないだ子供たちが、雨を楽しんでいるかのようにはしゃぎながら走って行く。
買い物はまだ残っているけれど、すぐにここから出られないでいたのは、この重たい番傘を差して歩く事に二の足を踏んでいるからだ。それに、雨を含むと重さがさらに増す事を分かっているから余計にだ。
次第に足元は濡れ、道には水溜まりの方が多いのではと思うほど雨足が強まってきた。
しばらくして、ほとんど人通りがなくなった頃、はす向かいの店の中から出てきた人が、その軒先で立たずんで空を見上げているのが見えた。すると、私と同じように、その人も店先の端に寄った。見るともなくその人を見ていると、突然こちらに向かって片手を上げてきた。思わず辺りを見回すけれど、先程からこの辺りには私しかいない。
すると、被っている笠を押さえながら、こちらに向かって走ってきた。だから思わず、後退りをした。
その人は右へ左へと、水溜まりを上手く避けながら走っている。
そして、ほとんど目の前に来てからようやく気が付いた。
「楠さん?」
「くれはさん、すごい雨ですね」
私の隣に並ぶと、笠を外して雨を払っている。
「あの、良かったらこれ」
急いで手ぬぐいを彼の目の前に差し出した。
「いえ、大丈夫です。自分のがありますから」
そう言うと、懐から手ぬぐいを出し、私に見せるようにした。
「急に降ってきましたね」
彼が言った。
「そうですね。楠さんは今日はお休みなんですか?」
「はい、なので色々と店を見て回っていました」
「そうだったんですか。私は見ての通り買い物です」
「いつもありがとうございます」
「いえ、そんな。それにしても、雨止みそうにないですね」
私がそう言うと、大きなくしゃみが聞こえた。
「寒いですか?」
「いえ、平気ですよ」
笑顔で言うけれど、よく見れば着物の袖からしずくが滴っている。
「楠さん、着物、すごい濡れてるじゃないですか」
「え、ああ、この雨ですからね」
当たり前と言わんばかりの口調だ。
言うよりも先に手を伸ばし、彼の袖を手に取って両手でぎゅっと絞った。
「あの、ありがとうございます」
反対も同じようにそうしてから、結局は懐の手ぬぐいを彼に差し出した。
「どこかお茶屋さんにでも入りませんか?」
楠さんは私の手ぬぐいで体を拭いている。
「風邪を引いたら大変です。だから、温かい飲み物でも、と思ったんですけど」
「——ああ、はい。じゃあ、この近くにあるのでそこへ行きましょうか」
私が持っていた番傘を彼が差し、そこへ二人で肩を寄せて入った。
軒先から出た瞬間、先程までとは違う雨音が響く。
「くれはさん、足元気を付けて下さいね」




