強がり、嫉妬2
「まあ、確かにそうだよな。それじゃあ今日は、八坂神社の方まで行ってみるか?」
「はいっ!」
自分に向けられた優しさを素直に受け止める事に臆病になってしまう時もあるけれど、平助くんはそれを打ち消してくれるくらい、出会った時から裏表のない人だった。少し騒がしいところもあるけれど、それが人間味を感じる分安心もする。一緒にいて、楽しいと思える人だ。
「最近どう?」
ゆっくりとした口調で平助くんが聞いてきた。少し考えるようにしてから、「相変わらずです」と答えた。
「そっか。壬生寺は? 行ってるの?」
「はい。でも、何も分からないままです」
「早く戻りたい?」
その質問に、一瞬言葉が詰まる。
「……今は、よく分かりません」
「分かんないって?」
「どう言えばいいのか分からないですけど……」
そう言って平助くんに視線を向けると、黙って眉を上げるだけだった。
「今の私には今が現実で、現在で。だから、今から見ると、私のいた時代が未来で。私はここにいるから私にも未来で、今をどうあがこうと必然的に未来はやってくるものだから、急いでも仕方がないのかなって——」
言いながら、自分の言葉に迷子になりそうだった。
「なんか、こんな説明ですみません」
「ううん。もっと思い悩んでたらって思ってたから、少し安心した」
「安心、ですか?」
急いでも仕方ないと言ったのは本心だけれど、諦めたわけでもないのも事実だ。ただ、優しさに触れるたび、未来に戻りたいと思う気持ちが薄れているような気がしていた——
四条大橋を渡り、四条通りをさらに東に真っ直ぐ進むと、正面に八坂神社の西楼門が見えた。
中学校の修学旅行で来た以来だったけれど、それでも鮮明に覚えている。けれど今目の前にあるのは、全く別物のように見えた。 もちろん、立派な門構えには違いはない。
「せっかくだしさ、八坂神社にお参りでもして行く?」
「はい、行ってみたいです」
初めてではないのに、初めてに近い不思議な感覚に心が弾む。
西楼門を目の前にした時、突然平助くんが「あっ!」と声を上げた。
「急にどうしたんですか?」
「なぁ、あれって総司さんじゃない?」
平助くんの視線の先を追うと、そこには確かに沖田さんがいた。
「総司さんあんなところで何やってんだろ」
独り言のように呟いてから、再び「あっ」と言った。たぶん、その一言よりも先に、私の方が早くその事に気が付いていた。
沖田さんは、一人ではなかった。彼の視線の先には、小柄な女性がいる。
「なんだよ女と一緒かよ」
そう言った平助くんの言葉が、目の前の事を現実にした。
一瞬でも、そんなはずがないと思ったのは、見えているそれを信じたくなかったからだ。
「……あの人は、沖田さんの、恋人?」
確認するように言葉を並べる。
「分かんないけど、見る限り知り合い程度の仲ではなさそうだよな」
確かに、そう見える。
「平助くんも、知らない人なんですか?」
私が聞くと、目を凝らしてその女性を見ている。そして、三度目の「あっ」、が響いた。途端、胸の奥が締め付けられる。前とは違う、ただ苦しいだけのそれだ。
「俺、知ってるかも」
言ってから、斜め上の方に視線をやると、小さく唸った。
「確かあの子、旅籠の娘じゃなかったかな」
「旅籠の娘?」
「うん。そう言えば前にも総司さんと一緒にいるところを見たな。あれいつだっけな……」
言いながら、考えるように腕組みをしている。私には、それがいつである事よりも、あの二人の関係性の方が重要だ。
平助くんはまだ、思い出せないでいる。
すると、立ち止まって話をしていた二人は、こちらに背中を向けた。沖田さんの隣に並んだその女性は、彼よりも頭一つ分以上身長が低いものの、ただ華奢なだけではなく、背筋の伸びた背中からは、凛とした雰囲気が伝わってくる。それだけで、自分に負い目を感じた。
「くれは?」
平助くんの声にはっとなり、なんでもない顔を向ける。
「悪い、全然思い出せねぇわ。て言うか、総司さんからあんまりそういう事聞いたりしないからさ」
「そういう話?」
「ああ、えっと……」
言葉にならない言葉を発すると、言いにくそうに続けた。
「だからその、女の話とか」
「ああ」となって納得し、頷きながら目を逸らした。
もちろん、頭では分かっている。それに、沖田さんのような素敵な男性なら、女性にもてないはずがない。
再び歩きだす平助くんについて行くけれど、足が重い。と言うか、体が重い。
ほとんど上の空でお参りをし、手を合わせたところで本当にそれだけだった。あとから平助くんに何をお願いしたのかと聞かれ、咄嗟に内緒だと答えたけれど、そもそも答えようがなかった。




