強がり、嫉妬
月日が経つのは早いもので、気付けば梅雨の季節に移り変わっていた。
初めて差した番傘は、片手で持つには重すぎた。
濡れずに済むのはいいのだけれど、雨の中を歩いているうちに傘がたっぷりと水分を吸収し、その重さがどんどん増していくというあり得ない代物だった。
季節が変わっても、私の状況は何一つ変わらず、ただ、一日一日が過ぎていくだけだった。現代に戻る手がかりを探す事は、今ではもうほとんど諦めていた。壬生寺に何度も足を運んだところで、いつも通りの景色がそこにはあるだけだった。
ここでの生活にも少しづつ慣れ、色んな事に対応できるようになってきたのも、近藤さんを始め、皆さんが本当に良くしてくれるおかげだ。分からない事は丁寧に教えてくれるし、困っていればすぐに手を貸してくれる。けれど、私に対する不信感は完全になくなってはいない気がした。相変わらず、誰かに見張られている感覚が消えないでいたからだ。単純にそう思い込んでいるだけなのかは分からないけれど、さすがに私の勘違いであってほしい。
先日、この時代へ来て改めて今が幕末なのだと言う事を思い知らされた。数日ほど大阪へ出かけていた近藤さんたちが屯所へ戻ってきた日、隊士の方数名が負傷している姿を見てとても驚いた。そしてそれは、すぐに恐怖に変わった。
自然と足が後ずさり、その場に立ちすくんだ——
患部には布が巻いてあったけれど、着物に付着した血痕が生々しく、思わず顔をしかめてしまった。そんな私の様子を見た沖田さんは、軽傷だから大丈夫だと言い、けがをしている隊士の方が見えないように私の前に立った。背中を丸めると、「僕たちにけがは付きものだから」と言って優しい表情をした。
頭では分かっていたけれど、それでもそれを目の当たりにすると、全く分かっていなかったのだと思い知らされた気分だった。
その後、その出来事については聞かなかったけれど、永倉さんと原田さんがたまたまその件について話していたのを耳にし、力士、蜆橋の言葉を頼りに記憶をたどった。何度も頭の中で教科書をめくってみるけれど、思い出せそうで思い出せない。結局、ピントの外れた写真を眺めているような感覚からは抜け出せずにいた。けれど、自分が今、確実に歴史の中にいるのだと再確認した。
なかなか乾かない洗濯物を見上げ、小さなため息が一つ出た。
それらを手で触って確かめながら、乾いている物だけを外し、空いた場所に新たに洗い終えた物を干していく。どうかすれば、洗濯物同士が重なりそうなほどの量だ。
土方さんは、私が贈った手ぬぐいをよく使ってくれている。だから今日も、それを丁寧に洗い、綺麗にしわを伸ばしてから物干し棹にかけた。
初めて手ぬぐいを使ってくれているところを見かけた時は、口元が緩んで仕方なかった。それはきっと素直な感情なのに、そんな自分を、どこかで客観的に見ている気がした。理由は分かっている。沖田さんの事では素直になれないくせにと、もう一人の自分が耳の奥で囁くからだ。
「くれは、洗濯干すの終わった?」
明るい声に振り返ると、縁側に平助くんが立っていた。
「あ、はい。ちょうど今干し終わったところです」
丸めていた腰を伸ばし、平助くんに向き直る。
「今から出かけるんだけどさ、くれはも一緒にどうかなって」
「はい。でも、これだけたたんでからでもいいですか?」
数えるほどの乾いたそれを見せながら言った。
「分かった。じゃあ、表で待ってるから」
それだけ言うと、すぐに踵を返して行ってしまった。
一旦部屋に戻り、手早く浴衣やなんかをたたんでいく。それを部屋の隅に置き、たすき掛けの紐をさっとほどいてから適当に着物を直す。そして、足早に玄関へ向かった。
「お待たせしました」
塀にもたれて立っている平助くんにそう声をかけると、「待ってないよ」と笑顔をくれた。
「どこに行くんですか?」
歩き始めてすぐ、隣を見ながらそう聞いた。
「ん、決めてない」
「え?」
「散歩でもしようかと思って」
「そう、ですか……」
気の抜けた返事をした。
「俺今日非番だし、予定もないし。くれはだってずっと部屋にいたら退屈だろ」
「嬉しいです」
「それに、出かけるなら一人より二人の方が楽しいじゃん、なっ?」
得意気に歯を見せると、大げさに腕組みをした。そんな平助くんを見て、私まで笑顔になる。
「ありがとうございます」
「それよりさ、どこか行きたいとことかないの?」
「えっと。私、まだあまりよく分からないので、平助くんにお任せします」




