変化7
土方さんの部屋の前まで来ると、さすがに少し緊張した。
「土方さん、くれはです」
襖越しに呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。
部屋に入ると、文机の前で何かを読んでいるようだった。
「今、少しだけいいですか?」
「ああ、入れ」
「失礼します」
部屋に入り、静かに襖を閉めた。土方さんの前に座ると、何を言うでもなく疑問の眼差しを向けられた。
「その、土方さんにはいつもお世話になっているので、お礼をと思って。それと、誕生日だと聞いたので、重ねて贈り物を買ったのですが……」
誰かにプレゼントを渡す事が、こんなにも緊張するのはもしかすると初めてかもしれない。いい意味で、先程の悶々とした気持ちを上書きしてくれる。
「俺に?」
「はい……」
懐に手を入れ、丁寧に手ぬぐいを差し出した。
「先日、斉藤さんに連れて行ってもらったお店で私が選んだ物ですけど、良かったら、受け取ってもらえますか?」
力が抜けたようにふっと笑うと、何も言わずに受け取ってくれた。
「見てもいいか?」
聞くなり手ぬぐいを広げた。
本人が持つと、これにして良かったと思えるほど似合っている。
「あの、気に入ってもらえましたか?」
緊張気味に聞いた。
「ああ、気に入った」
「本当ですか? 良かったです」
「ちょうど新しい物に買い替えようかと考えていたところだったんだ。だから助かる」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
心が温かくなる。一瞬でも、今がいつで、どこにいるのかを忘れそうになるほど、その一瞬を穏やかに思った。けれどふと、前にも感じた違和感に気が付いた。やっぱりこの人は、そこで言うであろう言葉をあまり言わない。きっとこんな時、ほとんどの人はありがとうと言いそうなものだけれど、彼のそれは、この場合、「助かる」が同じ意味を持つのだろう。
自分の価値観を強要したりはしないけれど、なんだか距離を感じなくもなかった。
「どうしてこれを選んだんだ?」
「え?」
一瞬逸れた意識をすぐに引き戻す。
「——その色、土方さんに似合うと思ったんです。あとは、単純なんですけど、五月と言えば菖蒲かなと思って。それと、これは私の勝手な想いですが、勝負に勝つと言う意味も込めて、これにしました」
最後のは、言いながら恥ずかしくなり、今にも声が消えそうだった。
こんな時、何でもいいから言葉をかけてほしいものだけれど、土方さんは手ぬぐいを見つめたまま黙っている。だから、何か余計な事でも言ってしまったのではと、不安になった。
「あの……」
黙っている事に耐えられなくなり、とりあえず話しかけた。
「ああ。なんだかお前らしいな」
「私らしい、ですか?」
「たかが手ぬぐい、されど手ぬぐい、だな」
その意味がよく分からず、首を傾げた。
「されど手ぬぐい?」
「礼をする時なんかは、こういった物があると伝わりやすいかもしれないが、気持ちだけでも十分に嬉しいもんだろ?」
確かにそうだと小さく頷いた。
「お前がくれた言葉が、この手ぬぐいに付加価値を与えたんだ。それに、言葉の方が嬉しい時もある」
呆然としてしまった。
いや、前言撤回。もしかすると、土方さんは言わないのではなくて、別の言動で表す人なのかもしれない。そう考えると、先程言った「助かる」も、素直にそれだけの意味ではない気がした。ただ、もしもそうならば、斉藤さんほどではないにしても理解に時間がかかりそうだ。
ありがとうと言うのは簡単で、言うなれば手軽に利用できる言葉だけれど、それに等しい言葉を言う方が、もっと難しい気がした。
それでも、今みたいに台詞のような言葉をすらすらと言ってしまうのだから、この時代の人たちは、感情表現が上手いのか下手なのかよく分からなくなる。




