変化6
「あの、もう、血止まってると思います……」
私の方をちらりと見てから覆っていた手ぬぐいをゆっくりと外した。
二人して、人差し指に顔を近づける。薄い切り傷があるくらいで、見るからに本当に大した事ではなさそうだった。
「良かった」
そう言って優しく眉を下げた顔に胸が締め付けられる。この短時間で、何度そうなっただろう。
「そこで少し休んでなよ」
「え、でも……」
「水に触ると傷口開いちゃうよ」
それには確かにそうだと思った。
大人しく、上がり口に腰を下ろす。
途中だった青ねぎを、今度は沖田さんが刻んでくれた。普段からあまり包丁を握らないのか、不慣れな音が聞こえる。
「……あの、やっぱり変わりましょうか?」
思わずそう口走っていた。
「大丈夫、ただ——」
そこまで言ってから振り返ると、目に涙を浮かべている。
「沖田さん? どうかしたんですか?」
言い終わらないうちに腰を浮かせていた。
「ねぎが、目に染みて……」
それを聞いて、思わず頬が緩んだ。
「変わりましょうか?」
「ううん、僕に任せて。でも、正直ねぎは苦手なんだ。切るのとかじゃなくて、食べるのがね」
「え、そうなんですか?」
「うん、黙ってたけど、いつもよけて食べてた」
緩んだ頬は、さらにだらしなくなる。
「あ、今子供みたいって思ったでしょ?」
再びねぎと格闘しながら背中越しに聞いてきた。
「え、えっと、そんな、思ってないです……」
答えながら、あきらかに反対の事を言っていると思った。
「まあ、事実だからいいんだけどね」
そう言うと、自分に対してなのか、ふっと笑った。
そうな、何気ない会話が私には楽しかった。それに、小さな事ではあるけれど、沖田さんの事を知れて嬉しかった。
少し早いと思った夕食の準備も、いつもと変わらない時間に終わった。
狭い台所で沖田さんと二人きり——意識しない方が難しい。沖田さんのせいにするのは違うけれど、料理に集中できなかったのは事実だ。私の不注意でほとんど沖田さん任せっきりにしてしまったのは申し訳なかったけれど、おかげで普段は見られない姿を見られたのは幸せな時間でもあった。
沖田さんと二人きりになると、食事の準備に限らずだけれど、色んな感情がいっしょくたになって正直いっぱいいっぱいになる。彼の言動一つ一つに反応してしまうのは、もはや自分の意思ではどうしようもない事だとは思っているけれど、そんな私を見て、彼は何も気が付いていないのだろうか。いや、気付かれていても困るのだけれど、だからと言って気付かれていないのもどうなのだろうか。
考えれば考えるほど、矛盾が増えていく。
今日も何事もなく一日が終わった。
この、何事もなくは、言葉通りの意味だ。
食事のあと、片付けを手伝ってくれた隊士の方たちにお礼を言い、後ろ姿を見送ってからたすき掛けをしている紐をほどいた。それを元あった場所に戻し、自分のためにお茶を淹れる。
上がり口に腰をかけ、そこで一息ついた。
最近では、これが日課になっている。ここでの一人の時間が、私にとって大事なものになっていた。
湯飲みを口に運ぶたび、肩の力が抜ける気がした。
部屋へ戻ると、何やら出かける準備をしている沖田さんがいた。
「今からお出かけですか?」
「ああ、うん。永倉さんたちと出かけてくるよ」
「お仕事なんですか?」
「いや、ちょっとお酒を飲みにね」
「そうなんですね。楽しんできて下さいね」
なんとなく、沖田さんたちがどこへ向かうのか想像が付いた。永倉さんと一緒となれば、たぶん、原田さんたちも行くのだろう。いつもの顔ぶれが集まっているのなら、花街へ行かないはずがない。健全な成人男性がそういう事に興味があるのは理解できるけれど、勝手な想像をしてしまい、悶々としてしまう。そんな思いを紛らすように、何度か大きな深呼吸をする。そして、思い出したように土方さんのために買った手ぬぐいを手に取った。この時間なら、 自室にいるはずだ。懐に右手のそれをしまい、そっと部屋を出た。




