変化5
「え、ああ——この前は、山野と一緒に四条河原町の方まで散歩をしました」
「山野さんと仲良しなんですね」
先ほどの楠さんの言葉に動揺している事が気付かれないよう平然を装うけれど、さすがに気付かれてはいるかもしれない。
「まあ、歳も近いし、話も合うので、一緒にいる事が多いかもしれないですね」
「そうなんですね」
私があからさまに話を逸らした事には触れず、楠さんの本音の部分もそれ以上は話さなかった。
その後はお互いの話も交えながら、日常のなんて事のない話が続いた。楠さんの口調は、その声も相まってとても優しく、いつの間にか緊張もほぐれていた。
——どれくらい楠さんと話していたのか、早くも近所から夕飯の匂いが漂ってきた。
「あの、私そろそろ戻りますね」
「え、もう戻るんですか?」
「少し早いですけど、夕食の準備をしておこうかと思いまして」
「そうですか、分かりました。それじゃあ僕は、もう少しここでゆっくりしてから戻ります」
立ち上がり、軽く頭を下げてから背中を向ける。
壬生寺の門を抜け、すぐさま左に曲がると、前方に隊服を着た人たちが見えた。屯所へと入って行くところを見ると、ちょうど今戻ってきたのだろう。
きっとみんなお腹を空かせているはずた。自然と小走りになり、屯所に戻るなり直接台所へと向かった。
台所に入ってすぐの壁に引っかけてある紐を手に取り、さっとたすき掛けをする。
裏庭に続く引戸を開けると、井戸の前に沖田さんがいた。
「あ、沖田さん」
釣瓶を持ち上げ、そこで手を洗っている。
「今から夕飯の準備?」
「はい」
「それじゃあ僕も手伝うよ」
「え? 本当ですか?」
思わず目を見開いた。
「ねぇ、そんなに驚かなくてもいいんじゃない」
「あ、すみません……」
「それじゃあ僕は、先に中に戻ってるよ」
手ぬぐいで手を拭きながら、言い終わるよりも先に台所へと向かって行った。
考えてみれば、沖田さんと並んで台所に立つのは初めてだった。だからではないけれど、沖田さんの事を盗み見ながら、都合のいい事を妄想をしては、顔がにやけそうになるのをぐっと我慢していた。そんな事を何度かしていると、不意に目が合い、途端に不自然な動きになってしまった。
「あ、いえ、何でもないです……」
何も聞かれていないのに、わざわざ否定的な事を口走ってしまい、すぐにでもここから逃げ出したい気持ちになる。
「僕の顔に何か付いてる?」
その声はどこか楽しんでいるように聞こえ、動悸が止まらない。
「いえ、何も……」
手元に目線を落とし、ひたすらに味噌汁用の青ねぎを切っていく。すると、背中を丸めて私の顔を覗き込んできた。
「な、なんですか?」
目線はそのままに、平然を装ってそう聞いた。
「君を見てると疲れてた事も忘れられるなって、思ってさ」
「え……」
思わず顔を上げると、至近距離に沖田さんの顔があった。
私に向かって優しく微笑むから、勘違いしてしまいそうになる。そんな甘い考えを振り払おうと、分かりやすく首を左右に振った。
「どうしたの?」
ゆっくりとした口調と笑いを含んだ声に、完全にからかわれていると思った。
「べ、別に、どうもしてないですよ」
一応は、否定的な返事をした。
頬の右側に、痛いほどの視線を感じる。
「へえ……」
だらしなく言うと、休めている手で私の頬に触れた。
驚いて動きが止まる。
そのあとすぐ、手元に違和感を感じた。目だけで下を向くと、人差し指に血が滲んでいた。少し遅れて小さな痛みが走った。沖田さんもそれに気付き、「大丈夫?」、早口にそう言うと、私の手を取るなり懐から取り出した手ぬぐいで私の人差し指を覆ってくれた。
「あ、はい。たぶん……」
痛みを感じたのはほんの一瞬で、たぶんと言ったのも間違いではなかった。
沖田さんは、心配そうな顔をこちらに向けたかと思うと、今度は、多少声を荒げた。
「たぶんじゃないから。血、出てたでしょ!」
「えっと、でも、大した事ないと思いますから」
そんな事よりも、私からすれば沖田さんに触れられている事の方が大丈夫ではない。
相変わらず、正直な心臓だ。




