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変化2





「そう」


 片膝を立てると、少しだけ体を前に倒した。


「誰でも彼でもいい顔してると、勘違いされるよ」


 冷たい視線に耐えられず、すっと目を伏せた。


「ねぇ、聞いてる?」


 わざとらしく私の顔を覗き込んだ。


「私、そんなつもりで皆さんと接してないですから」

「君がそんなつもりじゃなくても、相手はそうは思わない事もあるんじゃない?」


 口調は穏やかなのに、彼を纏(まと)う何かは全くの真逆で、感情的になる一歩手前を行き来しているようだ。


「どういう、意味ですか?」

「そのままの意味だけど」


 私の語尾と重なり、尚かつ当たり前と言わんばかりだった。


「私、本当にそんなつもりじゃ……」


 これ以上、どうやって説明すればいいのか——沖田さんの求める答えが分からなかった。

 今までに味わった事のない沈黙に、押し潰されそうになる。


「……ごめん」


 突然この空気に似つかわしくない言葉が耳に届く。だからではないけれど、全ての動作がゆっくりになっていた。

 顔を上げ、沖田さんを正面に捉える頃には、先程までの威圧的な表情(かお)ではなく、いつもの穏やかなそれに戻っていた。ただ、それはそれでいいのだけれど、頭が混乱する。


「ごめん」


 繰り返すと、大きく息を吐き出した。


「言い過ぎた。だからごめん」


 黙ったまま、とりあえず頷いた。


「こんなの言い訳だけど、斉藤さんがさ、その、女の子と一緒に町を歩いてるところ今まで見た事なかったから、だからつい……」


 そう言うと、自嘲気味に笑った。


「そう、だったんですか……」

「だけど、さっき言った事は本当だから」

「え?」

「ここは男所帯でしょ、それでなくても君は可愛いんだから、本当に気を付けなきゃだめだよ」


 怒ったような口調で言うけれど、分かりやすく口角をぐっと上げるものだから、優しさからのそれだとすぐに分かった。それよりも、流れるように言った「君は可愛いんだから」が頭の中で繰り返され、一気に頬が熱くなる。


「どうかした?」

「いえ、分かりました」


 答えるけれど、半分は上の空だった。


「じゃあさ、今度は僕が連れて行ってあげるよ」

「沖田さんが?」

「だから、行きたいところがあるなら僕に言って」


 例えそれがお世辞でも、素直に嬉しかった。遠慮がちに「分かりました」と答えると、私の頭の上におもむろに手を乗せ、優しくぽんぽんとした。突然のそれに、驚いて声が出なかった。


「遠慮しなくていいからね」


 その手はすぐに引っ込められたけれど、余韻がずっと残っている。

 ぬるくなってしまったお茶をぐいっと飲み、「ありがとね」そう言って立ち上がった。


「じゃあ僕、ちょっと土方さんの部屋に行ってくるから」

「こんな時間からお仕事ですか?」

「まあ、そんなとこかな」


 言いながら、入口の手前で一旦立ち止まり、顔だけで振り返った。


「先に休んでていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 急ぐ様子もなく、ゆっくりと襖を閉めた。足音が聞こえなくなり、そろそろと息を吐き出した。

 しばらくの間、何をするでもなくただぼんやりとしていた。考えるのはもちろん沖田さんの事ばかりで、先程の少し怖いと感じた声や表情は、もしかすると嫉妬だったのではないかと都合のいい解釈をした。そんなはずがないと分かっていても、ほんの少しでも期待をしてしまうのは、相手が沖田さんだからだ——

 沖田さんからすれば深い意味などないのだろうけれど、あんなふうに頭を撫でられて、平常心でいられる訳がない。

 思い出すだけで、頬が勝手に緩んでしまう。

 沖田さんが部屋を出て行ってからそんなに時間は経っていないけれど、いつ戻ってくるかも分からない状況でずっとそうしている訳にもいかない。いつもより少し早いけれど、お風呂の支度をした。手ぬぐいを小脇に抱え、湯みを乗せたお盆を持った。

 一旦台所に寄り、湯飲みをさっと洗ってからお風呂場へ向かう。何の気なしに引戸を開けると、人の気配に驚いて声を上げてしまった。


「す、すみませんっ!」


 勢いのままに謝ると、中にいた人も謝っている。


「くれはか?」


 名前を呼ばれ、返事をしながら恐る恐る脱衣場の中に目を向ける。


「……永倉(ながくら)、さん?」

「ああ、俺だ」

「誰かいるなんて思わなくて、すみません」

「気にするなって、別に減るもんじゃないんだし」


 本当に気にする様子もなく、羽織っているだけの浴衣を両手で後ろにひるがえすと、そのままその手を腰に添えた。





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