五月晴れ、恋3
「あ、はい」
店を出ると、斉藤さんは迷う事なく帰り道とは反対方向へ歩き始めた。
「次は何屋さんですか?」
「いや、俺の用事はもう終わった」
私の方を見る事なく淡々とした口調で言うものだから、続きがあるのだと思い彼を見上げると、小さく咳払いをした。
「まだ少し、時間がある」
「え?」
意味が分からず次の言葉を待つけれど、変わらず前を向いたままでいる。
「斉藤さん?」
「お前、外に出るのは久しぶりではないのか?」
「え、はい」
読めない言葉にとりあえずの返事をする。
「俺は今日は非番だ」
「はい……」
益々返事に困る。
「この辺りは来たことがないのでは?」
「そう、ですね」
「せっかくだから、見物がてらに町を歩くのもいいだろう」
そう言われ、ようやく斉藤さんの言葉の意味を理解した。
「それは——」
言いかけると、早口に斉藤さんが言葉を重ねてきた。
「普段世話になっている礼だ」
「そんな、私の方が皆さんに助けられていますから」
「お前は俺たちのために毎日よくやってくれている」
「私は、特別な事は何も……」
さらに言葉を続けようと口を開いた瞬間、目だけでこちらを向いた。
「素直に受け止めろ」
そう言ってふっと笑うから、小さく「はい」と返事をした。
素直さだけで言うならば、斉藤さんこそ素直ではないと思った。先程の遠回しな言い方は、正直伝わりにくい。もちろんそんな事は言わないし、言えないけれど、普段から完璧な彼だからこそ、そんな些細な事に人間味を感じた。
通りの両側に交互に目を向けながら、真っ直ぐな通りを歩いて行く。
一見で何屋なのか分かる店もあれば、店名が書かれていても読めなかったり、のれんをくぐらなければ分からない店もある。
「団子は好きか?」
不意にそう聞かれた。
「はい、お団子好きですよ」
「そうか。そこに団子屋がある、寄って行くか?」
「はい!」
返事をした瞬間、斉藤さんが小さく笑った。何かおかしな事でも言っただろうかと顔を向けるけれど、首を横に振るだけだった。
団子屋の前まで来ると、香ばしい香りが店の外まで漂っている。斉藤さんがのれんに手をかけるなり、店主の明るい声が響いた。
「二人分頼む」
席に通されるなり、早々に注文してくれた。
「ここにはよく来るんですか?」
「いや、前に一度、総司に連れて来られた」
「そうなんですね」
数分と待たされる事なく運ばれてきた団子は、こんがりとした焼き目が付いていて美味しい事が見て取れる。
「いただきます」
熱々を一口。炭火で焼かれた醤油の良い香りが口いっぱいに広がり、幸せ以外に言葉が見つからなかった。
斉藤さんは、熱そうにお茶をすすっている。
「とっても美味しいです」
言いながら向かいを見ると、「そうか」と言って再びお茶をすすった。
普段の食事でもそうだけれど、斉藤さんの食べ方はゆっくりに見えて意外と早い。先程まで熱いお茶をすすっていたかと思えば、お皿の上にはすでに団子が刺さっていた串だけが残っている。それを見て、急いで最後のひとつを口に運んだ。
「ごちそうさまです」
湯飲み茶碗をお盆の上に置き、手を合わせた。
「屯所に戻るぞ」
歩き出すと同時にほとんど前を向いた状態で言われ、斉藤さんの後頭部に向かって返事をする。小走りで隣へ行き、横顔を見上げた。
「斉藤さん、今日は買い物に付き合って頂いて本当にありがとうございます。それに、お団子屋さんまで連れて行って頂いて、ごちそうさまでした」
頭を下げると、間髪を入れずに「気にするな」と返ってきた。きっと本来は、とても優しい人なのだろう。ただ、ものすごく口下手なものだから、勘違いされやすいのが少し難点でもあるような気がする。余計なお世話だろうけれど、斉藤さんの性格上、狭く深くの人間関係でないと、誤解を生みやすいのではないだろうか——
それからしばらく、ぽつりぽつり会話をしながら歩いていると、屯所に着く手前の通りから、隊服を着ている方たちが大通りに出てくるのが見えた。
「斉藤さん、あそこ」
そう言って前方を指差す。
「ああ、あれは総司たちだ」
「そう言えば沖田さん、朝から巡察でしたね」
「この時間だと、そろそろ戻る頃だろう」
遠目ではっきりとは分からないけれど、沖田さんの隊服姿を見るのはこれで二度目だ。一度目は、沖田さんの部屋だった。巡察に出かける前、本物の沖田総司がそれを羽織った瞬間、感動したのを覚えている。
「屯所の奴らとは、馴染めてきたのか?」
目だけでこちらを向いた。
「そうですね、皆さん親切にして下さいますから」
斉藤さんの声が、遅れて耳に届いた。意識は完全に沖田さんにあったからだ。
「総司に、その、迷惑をかけられたりはしていないか?」
「そんな、私の方が迷惑かけっぱなしで、申し訳なくなるくらいです」
一気にそう言いながら斉藤さんを見上げた。
「そうか、それならいい」
屯所に到着し、部屋に戻る前にもう一度斉藤さんにお礼を言った。
「斉藤さんのおかげで素敵な手ぬぐいが買えました」
懐から手ぬぐいを取り出し、それを斉藤さんに見せるようにした。
「土方さんに喜んでもらえるといいな」
「はい」
軽く頭を下げ、斉藤さんと別れて部屋に戻った。すると、沖田さんも今帰ってきたばかりなのか、隊服をたたみながら半身振り返った。
「沖田さんお帰りなさい」
「ただいま」
言ってから、腰の刀を外して畳の上に置いた。
「今から夕食の準備してきますね」
そう言って沖田さんに背中を向け、襖に手をかけようと腕を伸ばすと、「ねぇ」と低い声で呼び止められた。
「はい」
「いや、やっぱりあとでいいや」
歯切れの悪さが気になったけれど、「分かりました」と言い、台所へ向かった。




