過去へ12
いつの間にか、盗み見ると言うよりもただ真っ直ぐに見つめていた。
まつげの先が少し震えたかと思うと、沖田さんが頬を緩めて顎を引いた。
「ねぇ——」
上体を起こし、横顔をこちらに向けた。
「君、もしかして無意識?」
「え?」
「君の視線、痛いくらい突き刺さるんだけど」
まさかそんな事を言われるとは思いもせず、一気に頬が熱くなる。
「あっ、えっと、すみません……」
動揺が、見つめていた事を肯定してしまうとは分かっていながらも、嘘をつけないでいた。
「別に、僕は君なら歓迎するよ」
笑いを含んだ声で言われ、言葉に詰まってしまう。
今度は、沖田さんが真っ直ぐに私を見つめている。目尻を下げた優しい表情に、胸の奥が途端に騒がしくなる。
「君に聞きたい事があるんだけど」
「は、はい……」
自分の手元に視線を落とす。
「昨日の夜、土方さんの部屋で何してたの?」
「え、ああ。着物の袖が破れてしまったみたいで、それを直していました」
「へぇ、それだけ?」
「え? はい、それだけですよ」
そう答えるけれど、その表情はどこか納得していないように見えた。
「じゃあ、土方さんと何話してたの?」
「えっと、ここでの生活にはもう慣れたかって、気遣ってくださいました」
「そうなんだ。それで? もう慣れた?」
言うなり、ゆっくりと足を組んだ。
「正直、慣れたと言うより毎日がいっぱいいっぱいで、よく分からないです」
「そっか。でも、僕はものすごく助かってるよ」
「本当、ですか?」
「だって、前より断然ご飯は美味しくなったし、家の中は綺麗だし。それに、君が笑うと皆も笑うから」
それが、嘘でも嬉しいと思った。最後の言葉は特にそうだ。
その話を聞いたからかは分からないけれど、なんだか急に、自分の事を話したくなった。
「あの、少しだけ話を聞いてもらってもいいですか?」
沖田さんは返事をするでもなく、促すように眉を上げた。
「毎日皆さんのご飯を作って、洗濯をして、掃除をして。それが苦痛とかそんなんじゃないんですけど、ここへ来てから、代わり映えしない毎日に自分の居場所が分からなくなる瞬間があると言うか、不意に、何してるんだろうって、思ったりして……」
話ながら、伝えたい事がそのまま伝わっているのか不安になった。
自分でも分かるほどの消え入りそうな語尾と共に、遠慮がちに隣を見る。
「無理しなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「なんでもそうだけどさ、しなくちゃいけないって思うと、逆に疲れちゃうでしょ」
「でも、居候させてもらってるわけですし、私にできる事なんて限られてますから」
「さっきも言ったけど、君がいてくれて助かってる事がたくさんあるんだから」
明るく言うものだから、どうしてか、本当にそうだと思えてくる。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
沖田さんが、ゆっくりと目元を緩めた。
「話を聞いてもらったら、なんだか気持ちが楽になりました」
「だったら、お礼、もらってもいい?」
「はい、私にできる事なら」
私に背中を向けたかと思うと、そのまま後ろに倒れてきた。
「膝枕、いいよね?」
良いとか悪いとかではなく、驚いて声が出なかった。沖田さんは、戸惑う私に構う事なく、穏やかな表情のまま目を閉じている。始めから、私の返事を聞く気などなかったのだろう。
どうしてそんなに冷静でいられるのかと、心の中で問いかける。
膝の上で目を閉じている沖田さんをこっそりと見つめる。とは言え、この状態でこっそりと言うのも無理な話だけれど、それでも、この距離で真っ直ぐに見つめられるほどの勇気は私にはない。
——春の風が心地良く抜ける。それが、彼の前髪を軽やかに揺らした。その長いまつげをうらやましく思っていると、ほとんど無意識に彼の頭を撫でていた。次の瞬間、はっとなり、手を止めた。気付かれているとは分かってはいながらも、ゆっくりと手を引っ込める。
「……やめないで」
呟くような声に、迷いながらも宙に浮いている手を再び彼の頭の上に乗せた。そして再び、髪の毛をすくように撫でる。
意識的にそうするのは不自然に思えたけれど、沖田さんが何も言わないのなら、それで良かった。




