過去へ10
「土方さん、できました」
着物の直した箇所を見せるように差し出すと、ちらりと目を向けるだけで大して確認する事もなく、労う言葉をかけてくれた。
「私には、これくらいの事しかできないので……」
「いや、十分だ。本当に助かった」
真っ直ぐな土方さんの気持ちに、なんだか気恥ずかしくなる。
「くれは、ここでの暮らしにはもう慣れたか?」
「えっ、そう、ですね。最初の頃に比べれば、なんとか……」
急に話が変わるものだから、声が裏返りそうになった。
「そうか」
「あの、土方さんは、その、私の事をまだ厄介者だと思っていますか?」
深く考えずに、けれど、素直に思った事を口にした。
「今は別に、そうは思っていない」
「今は、ですか……」
聞かなければ良かったと、ほんの少しだけ後悔をした。
「当たり前だろ!」
少し声を張ると、さらに続けた。
「お前のようなどこから来たとも分からない奴を、初めから快く受け入れる馬鹿はいない」
「馬鹿って……」
「このご時世、あんな場所で倒れていて、もしも見つけたのがたちの悪い奴らだったら、そのまま売り飛ばされていたかもしれないんだぞ!」
「え……」
この時代の現実に言葉を失っていると、土方さんがあからさまにため息をついた。
「そんな顔をするな、もしもの話をしたまでだ。確かに、最初からお前の事を信用してはいなかった。だが、今は違う。それで十分だろ」
「は、い……」
納得したと言うか、納得させられたと言うか——
「今はもう、私の事を怪しいとは思っていないって事ですね?」
「ああ」
短い返事だけれど、相変わらず真っ直ぐにこちらを向くものだから、少なからず本心なのだと思った。
「良かった……」
「でなければ、お前にこんな事を頼んだりはしない」
言ってから、手元の着物を軽く上げた。そしてそれが、笑顔だと分かるほど目を細めた。
たぶん、こうやって顔を合わせて話すのは、ほとんど初めてかもしれない。だから、土方さんの顔がこんなにも端正な事に、今頃になって気が付いた。だからではないけれど、思わず胸が高鳴った。
不自然にならないようにと、土方さんからゆっくりと目を逸らす。
「あ、あの、それじゃあ私、そろそろ部屋に戻りますね」
早口で言いながら、針と糸を返そうとして誤って針で指を刺してしまった。
「痛っ——」
その反動で、持っていたそれらを畳の上に落とした。
「手、貸してみろ」
言われるがままに左手を差し出す。すると、懐から手拭いを取り出し、私の人差し指を覆ってくれた。その上からぎゅっと指を握り、止血をしてくれている。
「何やってんだよ」
呆れる声に、反射的に謝っていた。
「俺に謝られても困るんだよ」
「すみません」
二度目のそれは、たぶん無意識だった。
「——ほら、もう大丈夫だ」
私の手を取り、そのまま少しだけ持ち上げた。目だけでこちらを向くものだから、鋭い視線に息を呑む。
「どうした?」
「あ、いえ。ありがとうございます」
言うなりすぐに手を引っ込めた。
「それくらいなら明日になれば治るだろ」
言うなり私の代わりに畳の上に散らばった針と糸を拾ってくれた。
「ありがとうございます。もう平気です」
「そうか」
「それじゃあ、部屋に戻りますね」
土方さんの返事を聞くよりも先に腰を浮かせていた。おやすみなさいと言うと、土方さんは「ゆっくり休め」と言ってくれた。きっと、彼にすれば普通なのかもしれないけれど、ほんの少しだけ違和感のようなものを感じた。
おはようと言えばおはようと返すように、おやすみと言えばおやすみと返ってくるのが当たり前だと思っていたからだ。




