過去へ9
静かな境内沈黙が続く。
沖田さんは、特に言葉に困っているようでもなく、私の言葉に耳を傾けているだけと言ったようだった。
自分で着られるようになった着物の袖を指で弄りながら、足元に目線を落とす。
すると突然、目の前に何かが差し出された。
「開けてごらん」
隣を見上げて驚いた顔をしていると、くしゃっとした紙の包みを私の手のひらに乗せてくれた。
言われるがままに包みを開くと、中から金平糖が出てきた。
「……金平糖?」
「君にあげるよ」
「いいんですか?」
「落ち込んだ顔ばかりされてても嫌だからね」
「ありがとうございます」
言いながら頭を下げた。
「とは言え貰い物だけどね。僕も少し食べちゃったし」
「そんな、嬉しいです」
手元の金平糖を見つめる。名前は知っているけれど、食べた記憶がない。綺麗な白色のそれを、一粒摘まんで口に入れた。素朴な甘さが口の中に広がる。
そう言えば、この時代へ来てから甘い物を食べる機会が一気に減った。だから余計に、美味しく感じる。
「美味しいです」
「良かった。僕も一つ食べていい?」
「もちろんです」
手を伸ばして一粒摘まむと、美味しそうに食べている。
「私、金平糖を食べたのって、もしかすると初めてかもしれません」
「え、そうなの?」
「はい。優しい味がするんですね」
沖田さんが小さく笑った。
「君はやっぱり、面白い事を言うね」
「そう、ですか……」
自分ではよく分からず、首を傾げた。
「それじゃあ、今日はそろそろ戻ろうか」
「はい」
時間はたぶん、夕方よりも少し前くらいだろうか。空の下の方が、白みがかった淡い青色に変化している。
屯所に戻ると、早速夕飯の準備に取りかかる。今日は、原田さんも一緒だった。大抵が日替わりで、隊士の方数名と食事の準備をするのだけれど、幹部の方々はあまり台所に立つ事がない。だから、なんだか少し緊張した。
原田さんとは、私がこの時代へ来て、数日が過ぎた頃に顔を合わせた。
「くれは、今日は俺が味噌汁作ってやるよ」
原田さんが慣れた手つきでたすき掛けをしながら言った。
「はい、よろしくお願いします。でも、今日はどうして原田さんが?」
「今日の当番だった奴が急に体調崩しちまってな。ちょうど空いてたし、それで俺が代わりに」
「そうだったんですね。それじゃあ、よろしくお願いします」
「任せとけって」
そう言うと、柔らかく目を細めた。
原田さんは初めて会った日もそうだけれど、私を警戒する事なく優しい顔を向けてくれた。だから、文献にあった彼の性格が短気だと言う事に少し違和感を覚えた。私に言わせると、頼れるお兄ちゃんだ。
槍の名手、後の十番組組長、原田佐之助。きっと、良いも悪いも熱い人なのだろう。
原田さんの作ってくれたお味噌汁はお世辞抜きに美味しかった。荒く刻まれた野菜の、特に大きな物は、多少固さが目立ったけれど、これぞ男の料理と言う感じで、それもまた、原田さんらしいと言えばらしいと思った。
夕食後、井戸の側で食器やなんかを片付けていると、不意に手元に影が出来た。首を大きく上向かせると、そこには土方さんが立っていた。
「どうかしたんですか?」
「ああ。急ぎの用じゃないんだが、この着物の袖の部分が破れちまって、それで、お前に頼めないかと思ってな」
土方さんが手にしている着物に目をやると、それほど大した破れではなかった。
「これくらいなら、私でも直せると思います」
「そうか、助かる」
そう言うと、頬を緩めた。
普段あまり見ない表情に、思わず見入ってしまった。すると、言葉なく疑問を含んだ顔をこちらに向けられた。
「あ、じゃあ、えっと、今は預かれないので、後で部屋に取りに行きますね」
「分かった」
背中を見送り、ゆっくりと一呼吸する。それから、手早く後片付けを終わらせると、土方さんの部屋へ行く前に台所に寄り、温かいお茶を淹れた。
「土方さん、くれはです」
「ああ、入ってくれ」
部屋に入る前に名前を名乗るこの習慣も、最初は違和感しかなかったけれど、慣れとは怖いもので、今では意識せずとも出来るようになった。
「失礼します。土方さん、お茶を淹れてきたので、良かったらどうぞ」
「ああ」
短く返事をすると、手を止めてこちらに向き直った。
「仕事の邪魔でした?」
「いや、大丈夫だ。それより、この着物を頼む」
「分かりました。えっと、針と糸はありますか?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
そう言うと、小さな箱の中から、針と糸を取り出して渡してくれた。
「たぶん、そんなに時間はかからないと思うので、ここで直してもいいですか?」
「ん、ああ」
「私の事は気にせず、土方さんは仕事の続きをしていて下さい」
お茶を一口飲むと、土方さんは黙って机に向かった。手元を盗み見ると、そこにはよく分からない文字が並んでいた。
灯りの近くへ座り直し、決して得意ではない裁縫に取りかかる。
静かな部屋に、糸が布を擦れる音が大きく聞こえる。
縫い始めてからどれくらい経ったのか、元通りとは言えないにしても、なんとか繕う事が出来た。




