幕間3:白銀の目覚めと、残された熱
肺の奥まで空気を吸い込んだ瞬間、喉を塞いでいた冷たい重圧が消え去っていることに気づいた。
重い瞼を押し上げると、天幕の隙間から差し込む朝の光が、網膜を白く灼いた。
「……っ」
身を起こそうとして、全身の筋肉が軋むような痛みを訴える。
王都の防衛拠点に急造された医療用天幕。
ガラハッドは自らの胸元を覆う包帯にそっと手を当てた。
外傷は塞がっている。だが、内側から魂を蝕んでいた『聖杯』の呪詛は、確かに跡形もなく消え去っていた。
代わりに胸の奥で燻っているのは、内臓を焦がすような、乱暴で、ひどく熱い火傷の痕。
「……ガラハッド。君も、気がついたんだね」
隣の寝台から、ひどく震える声が届いた。
円卓第三位、パーシヴァル。あどけなさの残る少年の顔は真っ青に染まり、その大きな瞳には、ぽろぽろと涙が溢れていた。
「僕、なんてことしちゃったんだろう……。王都のみんなを、僕の光で、いっぱいいっぱい壊しちゃった……っ」
両手で顔を覆い、子供のようにしゃくり上げるパーシヴァル。
教団の術式に操られていたとはいえ、無邪気なままに刃を振るってしまったという事実が、本来の純真な心を取り戻した彼を容赦なく苛んでいた。
ガラハッドは、泣きじゃくる同僚の姿を静かに見つめ、やがて自分の手のひらへと視線を落とした。
「……ええ。私たちは、騎士として最も恥ずべき大罪を犯しました。王に刃を向けたこの事実は、一生消えることはないでしょう」
ガラハッドの口から紡がれたのは、いつもの冷徹で、丁寧な声。
だが、その声の底には、微かに震えるほどの重い『屈辱』が渦巻いていた。
王都の希望。第一騎士の息子。
その期待に応えるためだけに、ただ強くあろうと気を張ってきた。自分の容姿に向けられる不敬な視線を叩き潰すため、曇りのない光であり続けようとした。
それを、あの名もなき辺境の少年に、ただの粗野な熱だけで根底から叩き割られたのだ。
(……本物の高みを知らぬ、紛い物。そう切り捨てたのは、私の方でしたか)
ガラハッドは奥歯を噛み締め、シーツが千切れるほど強く拳を握り込んだ。
その時、天幕の入り口が静かに開いた。
差し込む陽光を背にして現れたのは、煤に汚れた白銀の甲冑を纏う男。
第一騎士ランスロットだった。
「……父上」
「ランスロット様……っ。ごめんなさい、僕……僕っ……!」
パーシヴァルが涙声で叫び、身を起こそうとする。ガラハッドも弾かれたように顔を上げた。
ランスロットは、泣き崩れる最年少の騎士と、シーツを握りしめる息子を、無言のまま見下ろしていた。
やがて、鋼の籠手に包まれた彼の手が、不器用な動きで、パーシヴァルの頭をそっと撫で、次いでガラハッドの肩に置かれた。
「……っ」
「生きているのなら、それでいい」
ガラハッドが息を呑む。
厳格な父の瞳は、これまでに見たことがないほど、静かな凪のように澄み切っていた。
「呪いに染まろうと、敗北を喫しようと。お前たちが生きてさえいれば、騎士としての誓いは何度でも立て直せる。……私がお前たちを救えなかったように、ただ正しく剣を振るうことだけが、すべてを救えるわけではないと知った」
ランスロットは視線を外し、天幕の外――復興の音が響く王都の空を見上げた。
「……あの少年が、夜を焼き焦がした熱ですべてを救い出したようにな」
その横顔には、自身が認めた者たちには決して出せない、異常な熱量を持つアッシュへの、確かな敬意が滲んでいた。
ガラハッドは父の言葉を反芻し、胸の奥に残った火の粉に意識を向けた。
「……父上」
ガラハッドは、静かに、しかしはっきりと顔を上げた。
その瞳には、絶望を燃やし尽くした先にある、冷たく研ぎ澄まされた決意が宿っていた。
「私は、このままでは終わりません。この身に刻まれた熱は、私が彼を超え、真実の強さを手にした時にしか消え去りません。……次こそは、私がアッシュを越えてみせます」
涙を拭ったパーシヴァルもまた、赤く腫れた目でランスロットを見上げた。
「僕も……! ちゃんと強くなって、もう一回、アッシュに……それに、モルドレッドにも勝負を挑むよ。……今度は、僕の本当の光で」
ランスロットは、二人の若き騎士の姿に、確かな希望を見た。
呪いの残滓は消えた。
白銀の騎士たちは、差し込む光の中で、それぞれの標を見据え、静かに再起の誓いを立てていた。
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