幕間4:夕闇の告白と、銀色の従騎士
西の空が赤く焼け焦げ、やがて群青の夜が足元から這い寄ってくる。
崩れかけた城壁の縁。アッシュは膝の上に置いた大剣を、布で黙々と拭っていた。
ガラムの手によって刀身の腹に流し込まれた蒼い伝導材が、落ちる夕日を吸い込み、まるで浅い呼吸を繰り返すように淡く瞬いている。
「……隣、いいかしら」
背後から響いた静かな声に、アッシュは振り返ることなく首を縦に振った。
白銀の軽鎧を外し、飾り気のない平服に着替えたエレンが、湯気を立てる木杯を二つ両手に抱えて近づいてくる。アッシュの隣に腰を下ろすと、その一つを無言で差し出した。
「……悪いな」
「厨房の残り物よ。少し塩気が強いけれど」
アッシュは木杯を受け取り、一口すする。
喉の奥を焼くような塩気と熱が、冷え切っていた胃の腑に落ち、強張っていた筋肉をゆっくりと解していった。
眼下に広がる傷だらけの王都を、冷たい風が吹き抜けていく。
「……なぁ、エレン」
アッシュが、膝の上の大剣を見つめたまま口を開いた。
「ガラムのジジイが言うには、こいつが本来の『ガラティーン』だったらしいぜ」
「……」
エレンは木杯を握る手を止め、静かに視線を落とした。
否定も、驚きもしない。その横顔を見て、アッシュは短く息を吐いた。
「……ええ。知っていたわ」
夕風が、彼女の銀髪を揺らす。
「あの日……あなたが、村の広場からその剣を引き抜いた時から。それが、かつてあの方が振るった太陽の剣だと」
「……なんで黙ってた。俺はただの重てえ鈍らだと思って、ずっと引きずり回してたんだぞ」
責める色はない。ただ、静かな問いだった。
エレンはしばらくの間沈黙し、やがて、痛みを吐き出すように唇を開いた。
「……あれは、死んだ剣だったから」
「死んだ……?」
「太陽の騎士が振るい、数多の魔を祓った光の剣。でも……主様が、その魂を喪ったあの日。剣もまた熱を失い、ただの鉄塊に成り果てたわ」
エレンの指先が、微かに震える。
「光を失った剣を、何も知らないあなたに持たせた。本物の英雄の身代わりに仕立て上げるために……。その事実を口にすれば、罪悪感で自分が押し潰されそうだったから」
身勝手な嘘。英雄の幻影を追うための、残酷な舞台装置。
エレンの告白を聞き終え、アッシュは木杯を城壁の縁に置いた。そして、蒼い脈動を宿した大剣の柄を、黒陽の右腕で静かに握りしめる。
「……死んだ剣だろうが、身代わりだろうが関係ねえよ」
「アッシュ……」
「俺はあの日、生きたくてこいつを握った。この重てえ鉄屑を引きずって、今日まで死線を越えてきたんだ。……こいつは、俺の剣だ」
迷いのない言葉。
エレンは、その飾らない横顔を見つめ、静かに目を伏せた。
かつて自分が仕えた、眩しすぎるほどに高潔だった太陽の騎士とは違う。
無骨で、不器用で、それでも何度叩き伏せられようと絶対に膝を折らない、不屈の熱だけを持った男。
(……あなたは知らない)
エレンは心の中で、誰にも言えない秘密を反芻する。
旧大陸の深淵で、主君ガウェインが自らの魂を犠牲にして魔王軍の『死の心臓』を封じ込めたこと。
魂を失い、抜け殻となった肉体が、それでも騎士としての本能だけで彷徨い……あの日、あなたの故郷の村で力尽きたこと。
そして、喪われた魂の代わりに、彼が絶望の中で遺した最後の執念。それが形を成したのが、あなたの右腕に根を張る異形の籠手だということ。
剣の死と、主君の最期。そして籠手の誕生。
その残酷な真実を知るのは、世界で彼女ただ一人だった。
「……アッシュ」
「あ?」
「ありがとう。私を……救ってくれて」
エレンは、少しだけ声の震えを隠すように微笑んだ。
アッシュは気まずそうに視線を前に戻し、右腕の排気管をチリッと鳴らした。
「……よせ。柄じゃねえ」
夜の帳が、王都をすっぽりと包み込んでいく。
来るべき次の戦いの気配が静かに近づく中、二人だけが共有する夕闇の時間が、嵐の前の微かな安らぎとして流れていった。
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