幕間2:黒衣の尋問と、狂信の残滓
王城の地下深く。かつて大魔女の呪詛が培養されていた術式跡地は、今や冷たい石壁に囲まれた臨時牢獄として機能していた。
陽の光も届かない陰惨な空間に、コツ、コツ、と硬質な靴音が響き渡る。
「……実に不快な空間だ。空調の概念すらないとは、大魔女の時代から建築様式が止まっているのではないか」
黒衣を身に纏い、神経質そうに眼鏡を押し上げた男――アグラヴェイン。
彼は忌々しそうに鼻を覆いながら、鉄格子の前に立ち止まった。
薄暗い牢の中には、聖法国の純白の法衣を土と煤で汚した初老の男が、両手足を鎖で戒められて座り込んでいる。教皇の側近であり、王都襲撃の指揮を執っていた高位司祭の一人だった。
「さて。無為な時間を過ごすのは、私の性に合わない。手短に終わらせようか」
アグラヴェインは羊皮紙の束を片手に、冷え切った声音で告げた。
「あの偽物が放った熱によって、貴様らを操っていた『原罪の術式』の核は完全に消滅した。今、貴様を縛っているのは呪いではなく、ただの狂信だけだ。……なぜ、教団は自らの信仰の象徴であるガラハッド殿を、あのような呪詛の器に堕とした?」
鉄格子越しの問いかけに対し、司祭はうつむいたまま、喉の奥でヒュゥ、ヒュゥと奇妙な笑い声を漏らした。
「……堕とした、だと? 円卓の犬風情が、神の御業を語るな。あれは『昇華』だ。汚れなき光の器に、万物の根源たる闇を注ぎ込むことで、真なる世界を現出させるための、尊き儀式」
「儀式、ね」
アグラヴェインは羊皮紙をパラパラと捲り、小馬鹿にしたようなため息を吐いた。
「崇高な教義の裏側を少し洗ってみれば、出るわ出るわ、腐臭を放つ金の流れと密約の数々がな。……王都の結界を内側から崩壊させ、その防衛網に意図的な穴を開ける。それは、教団による王都の占領などという陳腐な目的ではないだろう」
眼鏡の奥で、冷徹な知性の光が閃いた。
「貴様ら、外の連中と繋がっているな。……旧大陸で我々が退け、滅びたはずの魔王軍の残党と」
その言葉が落ちた瞬間。
ずっとうつむいていた司祭が、弾かれたように顔を上げた。
その眼球には無数の血走った血管が浮かび、正気を失った者の独特の焦点の合わなさが、アグラヴェインを捉えていた。
「滅びた……? アハハハハ! 愚かな、愚かなる王の剣よ! 魔王の軍勢は滅びてなどいない! 深き沼の底で、東の枯れ野で、我らの器の完成を待っていたのだ!」
鎖がけたたましい音を立てる。司祭は鉄格子にすがりつき、獣のように咆えた。
「第一の封印は、あの小童の熱によって破られた! だが、王都の結界はすでに致命的な亀裂を生じている! 始まりの鐘は鳴らされたのだ! 四つの災厄が、再びこの大地を蹂躙する!!」
「……」
アグラヴェインは微動だにせず、狂乱する司祭を冷淡に見下ろしていた。
やがて、彼は面倒くさそうに羊皮紙を丸め、背を向ける。
「四つの災厄。つまり、四天王クラスの大物が未だ健在、あるいは復活の時を待っているということか。……まったく、あの偽物の後始末だけで胃が痛むというのに、厄介事が尽きない」
アグラヴェインの呟きは、牢獄の冷たい空気に溶けていく。
「……急ぐ必要があるな」
踵を返し、地上への階段へと向かうアグラヴェインの脳裏には、先ほどガラムの工房で見かけた、銀色の大剣と異形の籠手を抱えた少年の姿が浮かんでいた。
(……潔癖な正義では、この澱みには手が届かない。聖杯すら砕くあの『偽物』の熱だけが、この狂った夜を焼き切る唯一の毒だ)
王都の空には、夜明けの陽が昇り始めている。
だが、黒衣の参謀の背中には、これから訪れるであろう、これまでの比ではない絶望の影が、すでに色濃く付き纏っていた。
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