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幕間1:鉄の悲鳴と、熱伝導の脈動

 王都の復興作業が急ピッチで進められる中、城門のすぐ傍に設営された仮設のドワーフ工房からは、鼓膜を劈くような金属の打撃音が絶え間なく響き渡っていた。

 ガキンッ、ガァンッ! と、火花が散るたびに周囲の空気が重く震える。


「……信じられねえ。なんて硬さだ。俺の最高の一振りが、弾かれやがる」


 上半身裸になり、大粒の汗を流すガラムが、忌々しそうに重いハンマーを下ろした。

 彼の目の前、高温の火床の中心で赤熱しているのは、アッシュの『名もなき大剣』である。

 ガラハッドの聖杯の熱に晒され、表面にこびりついていた分厚い煤が剥がれ落ちたその刀身は、ガラムの全力の打撃を受けても、一寸の歪みすら生じていなかった。


「……ガラム。無理そうなら、そのままでいいぜ。柄さえ握れれば、俺はこいつを振れる」


 工房の隅で、応急処置を終えた右腕のシリンダーを弄りながら、アッシュが声をかけた。

 彼の右腕は、聖杯を燃焼させた後遺症で未だにひどい熱を持ち、生身の皮膚は赤黒く爛れている。義手のボルトを締める作業すら、歯を食いしばるほどの痛みを伴っていた。


「バカ言え。鍛冶師が一度引き受けた仕事を途中で放り出せるか」


 ガラムは顔の汗を乱暴に拭い、作業台の奥から大切に保管されていた『ある物』を取り出した。

 それは、鈍く蒼い光を放つ、特殊な金属のインゴットだった。


「あの陰険メガネ……アグラヴェインからの報酬だ。以前、お前が死の心臓をぶっ壊した時に約束された『最高級の熱伝導材』。……質だけは確かだ。王室専用の宝物庫から引っ張り出してきた代物らしいからな」


 ガラムはその蒼い金属を、別の坩堝へと放り込んだ。

 一瞬にして金属が融解し、視界を灼くような蒼い炎を上げてドロドロの液体へと変わる。


「……アッシュ。お前のその大剣、表面の錆が剥がれたことで、刀身の腹に走る『微かな刻みの列』が姿を見せてやがる。元からこういう造りなのか、それともあの戦いの熱で開いたのかはわからねえがな」


 ガラムは巨大なやっとこで大剣を火床から引きずり出すと、融解した蒼い熱伝導材を、その刻印のような溝へと慎重に流し込み始めた。

 ジュゥゥゥゥッ! というけたたましい音と共に、蒼い金属が大剣の芯を這うようにして剣先へと走っていく。


「これまでは、お前の呪籠手が吐き出す熱を、この鉄の棒が無理やり受け止めているだけだった。だが、この伝導材が馴染めば、こいつはただの武器じゃなくなる」


 ガラムの目が、職人としての凄絶な光を帯びていた。


「この蒼い筋がお前の熱を隅々まで運ぶ『神経』になるんだよ。お前の右腕から溢れる熱量は、もう外には逃げねえ。すべてが刃の先端まで、一滴の淀みもなく研ぎ澄まされる」


 流し込まれた蒼い熱伝導材が、銀色の地肌を露出させた大剣の表面に、まるで血管のような細い幾何学模様を描き出し、やがて静かに定着した。

 ガラムが冷却の水をかけると、もうもうと立ち昇る白い蒸気の中から、生まれ変わった相棒が姿を現す。


 煤に覆われていた無骨な鉄塊は、そこにはない。

 銀色の刀身に、蒼き脈動を宿した、洗練された破壊の兵装。

 表面には、太陽の紋章を思わせる精緻な刻印の断片が、確かに刻み込まれていた。


「……持ってみろ、アッシュ」


 ガラムに促され、アッシュは立ち上がった。

 右腕の激痛に耐えながら、呪籠手でその柄を握りしめる。

 その瞬間。


 カチリ、と。

 アッシュの魂の奥底で、何かが噛み合う音がした。


「……ッ」


 重さを感じない。

 以前のような、巨大な鉄の質量を強引に振り回す感覚が消え失せている。

 まるで、指先の感覚が大剣の切っ先にまで通っているかのような、恐ろしいほどの一体感。

 アッシュが試しに、呪籠手のシリンダーの排熱弁をわずかに開く。


 キィィィィンッ。

 右腕から発せられた熱が、瞬時に柄を伝い、刀身に刻まれた蒼い脈動を通って、一寸のロスもなく刃へと集約される。

 大剣の刃が、まるで呼吸をするように黄金の輝きを帯び、周囲の空気を歪ませた。


「……すげえ。熱が、吸い込まれていくみたいだ」

「ああ。これでお前の『絶対的な赤熱状態(ヒート・エッジ)』は、以前のような暴発じゃなくなる。……だがな」


 ガラムは、満足げな表情を一転させ、厳しい声色でアッシュを睨みつけた。


「剣への伝導効率が上がるってことは、お前の熱と、剣が受ける衝撃が直結するってことだ。剣が抱えきれなくなった反動は、すべてその右腕……ひいてはお前の肉体に直接跳ね返ってくる。乱発すれば、今度こそお前の魂が燃え尽きるぞ」

「……忠告、痛み入るぜ」


 アッシュは黄金に煌めく大剣を静かに下ろし、シリンダーの熱を止めた。

 アグラヴェインが用意した最高級の素材と、ガラムの技術。そして、煤の下から現れた『太陽剣ガラティーン』の片鱗。


 新調された力を手に入れた高揚感よりも。

 アッシュの心の中には、この剣がなぜ自分のもとにあり、なぜ今になって本性を見せ始めたのかという、得体の知れない予感が静かに渦巻いていた。

幕間1、お読みいただきありがとうございます。

少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。

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