第87話:深淵の重圧と、焦げる鉄
ゴアァァァァァァッ!!
両者の距離がゼロになった瞬間、王城の庭園が爆発したかのように激しく揺れた。
ガラハッドの黒く染まった聖剣と、アッシュが左手一本で振り抜いた分厚い大剣が、真正面から激突したのだ。
「グゥゥ……ッ!!」
アッシュの顔が、凄まじい苦痛に歪む。
ガラハッドの剣から伝わってくるのは、かつて王都の地下水路で味わった、あの理不尽なまでの重さ。しかも今は、そこに大魔女の底なしの呪詛が上乗せされている。
アッシュの左腕の骨が嫌な音を立てて軋み、踏みとどまろうとした鉄のブーツが、石畳を深く削りながらズルズルと後退させられていく。
『……脆弱。不浄。そのような薄汚れた鉄の塊で、神の意思は砕けない』
ガラハッドの瞳には、何の感情も宿っていない。
呼吸の乱れ一つなく、指先まで透徹した静かな所作のまま、ただ機械的に呪詛を剣に乗せ、アッシュという異物を押し潰そうと体重をかけてくる。
(……ああ、相変わらずクソ重てえな、お前らの背負ってるモンは)
アッシュは、奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばりながら、目の前の本物の騎士を睨み返した。
高潔なる円卓の騎士。王都の希望。誰からも愛され、誰からも期待される、曇りなき光。
その期待の重さに押し潰されそうになりながら、それでも必死に理想の騎士であろうとしていたガラハッドの不器用で真面目すぎる生き様を、アッシュは西の森からの帰還の道中、マーリンから聞かされていた。
だからこそ、目の前の光景が許せなかった。
本物の騎士の崇高な意思が、教団のカビ臭い呪いなんかに塗り潰され、ただの破壊人形に成り下がっている今の姿が、アッシュの腹の底からドロドロとした怒りを湧き上がらせていた。
「神の意思だァ……? 笑わせんな」
アッシュの右腕、呪籠手に内蔵された『黒陽シリンダー』が、鼓膜を千切るような甲高い駆動音を上げ始める。
「お前みたいな真面目すぎるバカが、こんな気味の悪い呪いに自分を明け渡してんじゃねえよッ!!」
アッシュは、大剣を押し返そうとするのではなく、自らの身体をガラハッドの懐へと強引にねじ込んだ。
そして、浄化の聖杯を括り付けた右腕を、ガラハッドの聖剣の腹へと直接叩きつける。
『……無駄だ。呪詛の奔流は、そのような細波では止まらない』
ガラハッドの聖剣から、さらに濃密な瘴気が溢れ出す。
聖杯の純白の光と、黒陽シリンダーから漏れる黄金の火の粉が、視界を塗り潰すような呪詛のタールに飲まれ、ジリジリと消えかかっていく。
圧倒的な力の差。基礎的な身体能力も、纏っている魔力の質も、桁が違う。
真正面から力と力をぶつけ合えば、数秒後にはアッシュの身体は紙切れのように引き裂かれるだろう。ガラハッドの剣撃には、それほどの理不尽な死の圧力が込められていた。
だが、アッシュの瞳に絶望はない。
彼は血の滲む口角を吊り上げ、熱で焼け焦げた右腕の排気弁を、不自然な角度でガラハッドの足元へと向けた。
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