第76話:妖精女王の戯れと、大魔女の呪い
極彩色の花畑の中心で、アッシュとガレスの前に降り立ったのは、人間では到底到達し得ない美貌と、背中に輝く蝶の羽を持つ存在だった。
「怖い顔をしないで。私はティターニア。この森の女王にして、あの意地悪な妖精王の妻よ」
妖精女王ティターニアは、宙を歩くように二人の前へと近づいてくる。
殺気も敵意もない。だが、その一歩ごとに、森全体の空気が彼女にひれ伏すような、絶対的な魔力の重圧がアッシュの肌を粟立たせた。
これが、人外の魔境を統べる上位精霊。ランスロットや大魔将とはまた違う、自然現象そのものが形を成したような底知れなさだ。
「あなたは……あの星見のおじいちゃんが、わざわざ案内してきた子たちね?」
ティターニアは、アッシュの右腕――無骨な黒陽シリンダーに顔を近づけ、興味深そうに目を細めた。
「不思議な腕。極上の純粋な太陽の気配の中に、泥と油の匂いが混ざっている。……それに、あなたたち、すごく可愛い『本音』を響かせているじゃない」
「なッ……聞かれていたんですか!?」
ガレスが顔を真っ赤にして、思わず白銀の双剣の柄を握りしめる。
「ふふふ。この森に咲く花々は、迷い込んだ者の心や願いを私に囁いてくれるの。……あなたたちの目的もね。王都のドス黒い洗脳を解くために、『浄化の聖杯』を求めてきたのでしょう?」
「ああ。アンタらが大人しくそれを渡してくれるんなら、こんな花畑、今すぐ燃やし尽くしてやるんだがな」
アッシュが、照れ隠しも混じった苛立ちと共に、黒陽シリンダーからチリッと火の粉をこぼして威嚇する。
「乱暴な子。……でも、いいわよ」
ティターニアは、妖艶に微笑み、視線を王都のある東の空へと向けた。
「王都に蔓延る『原罪の術式』……あれは元々、はるか昔にこの妖精の国を追放された大魔女、モルガンが遺した淀んだ呪い。私たち妖精にとっても、森を腐らせる目障りな不浄なの」
「モルガン……!?」
その名を聞いた瞬間、ガレスが息を呑んだ。
アーサー王の異父姉であり、かつて円卓の騎士たちを幾度も苦しめた、伝説の魔女の名。教団の狂信者たちは、その魔女の呪いを利用して、円卓の騎士の精神すらも作り替えていたのだ。
「オベロンは今、はぐれたあなたのお友達を相手に、迷宮でご機嫌に遊んでいるわ。……仲間と合流し、あの子の遊びを乗り越えられたなら、聖杯の場所へ案内してあげる」
ティターニアがふわりと指先を鳴らす。
瞬間、極彩色の花畑の周囲を取り囲んでいた巨大な樹木が、ギリギリと嫌な音を立ててうねり始めた。
木の根が蛇のように地表を這い回り、分厚い茨の壁となってアッシュたちを包囲していく。
「でも、ただ道を開くのはつまらないもの。……あなたたち二人が、どこまで熱く、美しく連携できるか。少しだけ私に見せてちょうだいな」
「チッ、どいつもこいつも試すのが好きらしいな!」
アッシュが大剣を構え、ガレスも即座に双剣を抜いてアッシュと背中合わせに立つ。
四方八方から、大蛇のような太さの茨の触手が数十本、一斉に二人へと襲いかかってきた。
「行くぞお姫様! 足手まといになるなよ!」
「誰が足手まといですか! 私の方が速いんですから、遅れないでくださいね!」
正直花の呪いの影響は、まだ完全に消えていなかった。
口から出る言葉は憎まれ口のようでいて、その実、互いへの信頼と気遣いが隠しきれずにダダ漏れになっている。
アッシュが右腕のシリンダーを駆動させ、黄金の蒸気を噴き出しながら正面の茨の壁を力任せに薙ぎ払う。
強引な熱量で生み出された突破口。そのわずかな隙間を、ガレスが神速の踏み込みで駆け抜け、アッシュの死角から迫る茨を白銀の双剣で細切れに斬り捨てていく。
北の霊峰では殺し合った二人が。
今は、泥臭い暴力と洗練された神速を完璧に噛み合わせ、背中を預け合って妖精の森の障害を粉砕していた。
「……ふふっ。本当に、いいコンビね」
その熱気と息の合った舞踏に満足したのか、ティターニアがフッと息を吹きかけた。
金色の花粉が猛烈な嵐となってアッシュたちの視界を白く染め上げ、襲い狂っていた茨の壁が、嘘のように道を空けていく。
「オベロンの遊戯盤は、この道の先よ。急ぎなさい、迷える太陽たち」
女王の導きの声が遠ざかる。
アッシュとガレスは、互いの背中に確かな温もりを感じながら、エレンたちが捕らえられているという森の深淵へと、迷うことなく駆け出していった。
第76話、お読みいただきありがとうございます。
少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。




