第75話:極彩色の花畑と、ダダ漏れの本音
エレンたちとはぐれ、鬱蒼とした妖精の森を二人きりで進むアッシュとガレス。
彼らが辿り着いたのは、むせ返るほど甘い香りが立ち込める、極彩色の巨大な花畑だった。
「……おい、ガレス。少し歩きにくいな。俺の外套から手を離してくれねえか」
アッシュが、自分の背中に隠れるようにして、新しい真紅の戦闘外套の裾をギュッと握りしめているガレスに、苦笑交じりに声をかけた。
普段は「兄様の名を汚さないよう監視します」とツンケンしている彼女だが、得体の知れない魔境に放り出され、実は相当心細いらしい。
「だ、誰があなたの外套なんか……ッ!」
図星を突かれたガレスは、ムキになって反論しようと勢いよく口を開いた。
その瞬間。花畑からフワリと舞い上がった金色の花粉を、彼女はわずかに吸い込んでしまった。
「――本当は、さっきからあなたの大きくて泥臭い背中を見ていると、兄様を思い出してすごく安心するんです。だから、もっと強く掴んでいてもいいですか?」
「……は?」
アッシュがポカンと口を開ける。
「な……な、なななななっ!?」
言った本人のガレスが、一番驚愕して顔を真っ赤にしていた。
「な、何を言っているんですか私は!? 違います! 私はあなたなんか大嫌いで……『本当は、あの氷の神殿で私の凍りついた心を力任せにカチ割ってくれて、私を救い出してくれて……すごく、すごく嬉しかったんです! ありがとうございますアッシュ!!』……〜〜〜ッ!!!」
ガレスが両手で自分の口を塞ぎ、涙目でその場にしゃがみ込んだ。
純白の軽鎧から覗く耳の先まで、頭から湯気が出そうなほど真っ赤に染まっている。
「……どうやら、この花粉を吸うと隠している本音が勝手に口から出ちまう呪いにかかるらしいな。妖精の悪戯ってやつか」
アッシュが周囲に咲き乱れる花々を睨みつける。
「笑えばいいじゃないですか……っ。私の本音を聞いて、馬鹿にすれば……っ」
ガレスが膝を抱え、涙声で震える。
「馬鹿になんかしねえよ」
アッシュはため息をつき、ガレスの前にしゃがみ込んで、その頭にポンと手を乗せた。
「……あー、クソッ。だから俺はこういうの苦手なんだよ……」
アッシュは、もう片方の手で自分の口元を乱暴に覆いながら、呪いに抗うように顔をしかめた。だが、彼もまた、先ほどから舞い散る花粉を吸い込んでいたのだ。
「お前みたいに強え奴が背中を護ってくれてると、この馬鹿でけえ看板の重さも少しは軽く感じるんだよ。足手まといなんかじゃねえ、お前はもう俺の、立派な円卓の騎士だ……って、おい馬鹿、勝手に喋るなこの呪い!!」
アッシュが顔から火が出るほど真っ赤になって、自分の口をバシバシと叩く。
その不格好で、しかし一切の嘘偽りがない本音を聞いたガレスの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
だがそれは、絶望の涙ではない。氷が完全に溶け切り、温かい陽の光に包まれたような、優しい涙だった。
「……本当、ですか?」
ガレスが、潤んだ瞳でアッシュを見上げる。
「あー、もう! 喋らせるな! 『本当だ! お前が毎朝口うるさく世話を焼いてくれるのも、本当は嫌いじゃない! むしろ家族みたいで嬉しいんだよ!』……クソッ、この花畑、全部燃やしてやるッ!!」
アッシュが右腕の黒陽シリンダーを唸らせて、必死に照れ隠しに叫ぶ。
その泥臭くてどうしようもなく不器用な姿を見て。ガレスは涙を拭い、今度は本当に、太陽が咲き誇るような満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ……アッシュは、本当に不器用で、泥臭くて……でも、ひどく温かい人ですね」
「だーっ! お前ももう喋るな! 恥ずかしくて死にそうだ!」
極彩色の花畑の中心で。
普段は憎まれ口を叩き合う二人が、妖精の悪戯によって本音をダダ漏れにさせながら、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。
血と泥に塗れた過酷な旅路の中で、ほんの少しだけ訪れた、毒気を抜かれたような穏やかな時間。
「……ふふふっ。本当に、素直で可愛い子たちねぇ」
突如、花畑の中心から、鈴を転がすような笑い声が響いた。
金色の花粉が渦を巻き、一人の美しい女性の姿を形作る。
背中には輝く蝶の羽。その美貌は、人間では到底到達し得ない、恐ろしくも神聖な魅力を放っていた。
「あなたは……?」
ガレスが涙を拭い、白銀の双剣に手をかける。
アッシュも瞬時に警戒態勢に入り、大剣の柄を握った。
「怖い顔をしないで。私はティターニア。この森の女王にして、あの意地悪な妖精王の妻よ」
妖精女王ティターニアは、宙を舞うように二人の前へと降り立ち、アッシュの右腕――無骨な黒陽シリンダーと、その奥から微かに漂う太陽の気配を、興味深そうに見つめた。
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