表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/101

第74話:迷いの森と、取り残された二人

 移動要塞『ガウェインの鉄靴』は、キャメロットから西へ数日進んだ先で、重々しいキャタピラの駆動音を沈黙させた。


「……こりゃあ、要塞ごと進むのは無理だな」


 操舵輪を握っていたガラムが、忌々しそうに舌打ちをする。

 アッシュたちが甲板に出て前方を睨むと、そこには天を突くほど巨大な樹木が隙間なく群生し、太陽の光すら完全に遮断する底なしの樹海が広がっていた。

 森の入り口からは、甘く、そしてどこか冷え切った白霧が絶え間なく溢れ出している。


「ここが西の果て……『妖精の森』」

 エレンが、風に揺れる白霧を見つめてごくりと息を呑んだ。


「うむ。ここから先は徒歩じゃな。鉄の塊で踏み荒らせば、森の主の機嫌を損ねてしまう」

 マーリンが杖をつきながら、ひらりと甲板から大地へと降り立つ。


「森の主?」

 アッシュが名もなき大剣を背負いながら首を傾げた。


「妖精王オベロンじゃよ。気まぐれで、残酷で、美しいものが大好きな厄介な精霊さ。……奴が管理している『浄化の聖杯』を譲ってもらうには、少しばかり奴の退屈しのぎに付き合ってやらねばならんじゃろうな」


 マーリンの警告に、ベリンダが巨大な漆黒の盾を背負い直して快活に笑った。

「退屈しのぎねえ。相手が魔王軍でも妖精でも、やることは変わらないわよ。アッシュ、モルドレッド、気合入れなさいよね!」

「チッ。妖精だか何だか知らねえが、邪魔するならまとめて斬り捨てるだけだ」


「モルドレッド、無闇に森の木を傷つけないでよ! 呪われるわよ!」

 エレンがすかさず釘を刺す。


「……あなたたち、少しは緊張感というものを持ったらどうですか。ここは人外の魔境なのですよ」

 ガレスが呆れたようにため息をつきながら、アッシュの斜め後ろにピタリとついた。


 一行はガラムを要塞の留守番に残し、マーリンを先頭にして、鬱蒼とした妖精の森へと足を踏み入れた。


 ――だが、その森の洗礼は、足を踏み入れてわずか数分で訪れた。


「……おい。なんか、霧が濃くなってねえか?」


 アッシュが目を細める。

 先ほどまで足元を漂う程度だった白霧が、突如として意志を持っているかのように渦を巻き、彼らの視界を急激に奪い始めたのだ。


 むせ返るような甘い香りが鼻腔をくすぐり、平衡感覚と方向感覚がぐにゃりと歪む。


「……ホッホッホ。さっそく妖精たちの歓迎が始まったようじゃな」

 前方を歩いていたマーリンの声が、なぜか右から、左から、さらには頭上からと、あらゆる方向から反響して聞こえてくる。


「ちょっと、前が全然見えないわよ! みんな、離れないで!」

 ベリンダの焦った声が、白い霧の奥深くへ急速に吸い込まれていく。


「エレン! ベリンダ! マーリンの爺さんも、どこ行きやがった!」

 アッシュは咄嗟に手を伸ばし、すぐ隣にいた気配の腕をガシッと力強く掴んだ。


「きゃっ!? な、何をするんですか!」

「暴れんな! はぐれるぞ!」


 直後、鼓膜を揺らすほどの突風が吹き荒れ、視界を完全に覆い尽くしていた白霧が、嘘のように一瞬で晴れ渡った。


「……あ?」


 アッシュが周囲を見渡す。

 そこは、先ほどまで歩いていた薄暗い獣道ではなかった。

 見上げるほど巨大な光るキノコや、見たこともない極彩色の花々が狂い咲く、森のさらに奥深くの異様な空間。


「……嘘だろ」


 アッシュが天を仰ぐ。

 エレンも、モルドレッドも、ベリンダも、案内役のマーリンさえもいない。

 一行は、妖精の森の幻覚トラップによって、完全に分断されてしまったのだ。


「……っ、痛いです。いつまで私の腕を掴んでいるのですか、この泥棒」


 不満げな声に視線を落とす。

 アッシュががっちりと腕を掴んでいたのは、顔を真っ赤にして彼を睨みつけている純白の少女――ガレスだった。


「お前こそ、俺の外套の裾をこれでもかってくらい強く握りしめてんじゃねえか。……迷子が怖かったのかよ、お姫様」

 アッシュが、彼女の震える手を見やってからかうように笑う。


「ち、違いますッ!! あなたが兄様の名前を汚すような真似をしないか、近くで監視していただけで……っ!」

 ガレスは慌ててアッシュの戦闘外套から手を離し、ぷいっと顔を背けた。


「はいはい。そりゃあ助かるぜ」


 アッシュは短く息を吐き、周囲の極彩色の森を警戒するように見回した。

 大魔術師も、頼れる仲間もいない。

 残されたのは、不格好な偽物の太陽と、彼を監視してやまず、そして少しだけ彼に兄の面影を重ねている不器用な妹騎士だけ。


「……行くぞ、ガレス。まずは他の連中と合流だ」

「ええ。背後は私が護ります。……足手まといにはならないでくださいね、アッシュ」


 気まぐれな妖精王の盤上。

 二人きりになってしまったアッシュとガレスは、背中合わせのまま、得体の知れない魔境の奥深くへと警戒しながら足を踏み出していく。

第74話、お読みいただきありがとうございます。

ガレスは最初、男の子として登場させる予定だったけど、気まぐれで女の子にして良かった。

書くの楽しい……!


少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ