第73話:移動要塞のカオスと、やかましい同乗者たち
「……おいジジイ!! てめェ、俺の可愛い要塞に何してくれやがった!!」
朝の移動要塞『ガウェインの鉄靴』。
その機関室に、狂鍛冶師ガラムの怒号が響き渡った。
アッシュが眠い目を擦りながら自室から出てくると、通路の様子が昨日までと全く違っていた。
むき出しだった無骨な鉄の壁には、なぜかふかふかの赤い絨毯が敷き詰められ、壁には優雅な魔術のランタンが灯り、あろうことか機関室の横には『星空が見える謎の露天風呂』まで増設されている。
「ホッホッホ。何をそんなに怒っておるんじゃ。むさ苦しい鉄の箱じゃったから、ワシの空間魔術で少しばかり『リフォーム』してやったというのに」
星空のローブを着た大魔術師マーリンが、優雅に紅茶を啜りながら笑っている。
「ふざけんな! 俺のロマン溢れる重装甲空間が、金持ちの貴族の別荘みてェになっちまったじゃねえか! 今すぐ元に戻せ!!」
「えー? 私はこっちの方が断然いいわよ! シャワーもお湯が出るようになったし!」
「……俺はどっちでもいいから、早く飯にしてくれ」
ガラムがハンマーを振り回してブチギレる横で、エレンは快適になった内装に大喜びし、モルドレッドは欠伸をしながら食堂の椅子にどっかりと腰を下ろす。
昨日からこの要塞は、完全に大魔術師のペースに巻き込まれていた。
「……はぁ。朝からうるせえな」
アッシュはため息をつきながら、いつものように自分の席に座り、乱雑にパンを齧ろうとした。
その瞬間。
「――お待ちなさい!!」
バンッ! と、背後から木製のお盆で頭を叩かれた。
振り返ると、フリル付きの可愛らしいエプロン(マーリンが勝手に出した)を純白の軽鎧の上から身につけたガレスが、仁王立ちでアッシュを睨みつけていた。
「な、なんだよクソガキ……」
「クソガキではありません! アッシュ、あなたのそのガサツな食べ方は何ですか! 兄様の名前を背負うのなら、背筋を伸ばし、パンは一口サイズにちぎってから口に運びなさい!」
ガレスはズイッとアッシュに詰め寄り、フォークとナイフの持ち方を強制的に直そうとしてくる。
「っるせえな! 俺は昔からこの食い方なんだよ!」
「ダメです! 兄様はどんな野営の時でも、騎士としての気高さを忘れませんでした! ほら、右肘をつかない! 咀嚼音を立てない!」
「……小言を言うエレンが、もう一人増えた気分だぜ」
アッシュがウンザリした顔で天井(なぜか青空が映っている)を仰ぐと、エレンが「失礼ね! 一緒にしないでよ!」と抗議の声を上げた。
北の霊峰での死闘を終え、ガレスの凍りついた時間は確かに溶けた。
しかし、その反動なのか、あるいは彼女の本来の生真面目な性格なのか。彼女は「偽物が兄様の名前を汚さないように監視する」という名目で、アッシュの生活態度のすべてに細かく干渉してくるようになったのだ。
「いいか、ガレス。俺はアンタの兄貴の綺麗な剣は真似できねえし、マナー教室に通う気もねえ。……そもそも、俺は王都で『泥まみれの太陽』だって宣言したんだぞ」
「屁理屈です! 泥まみれなのと行儀が悪いのは別問題です! ほら、口の周りにソースがついていますよ、まったく……っ」
ガレスがブツブツと文句を言いながら、ナプキンでアッシュの口元をゴシゴシと乱暴に拭く。
その光景は、どう見ても世話の焼ける兄に説教をする妹のそれにしか見えなかった。
「……プッ、あははははっ!」
それを見ていたベリンダが、たまらず吹き出した。
「ガレス様ってば、なんだかんだ言って、アッシュのお世話するの楽しそうじゃないですか!」
「た、楽しんでなどいませんッ! 私はただ、兄様の威光を――!」
ガレスが顔を真っ赤にして反論しようとするが、その表情は五年前の絶望から解放された、年相応の明るさを確実に取り戻していた。
「ホッホッホ。賑やかでよいのう」
マーリンが満足そうに頷き、水晶球を撫でる。
「さて、腹ごしらえが済んだら、機関長殿。要塞の進路を真っ直ぐ『西』へ向けたまえ。……目指すは、人間を惑わす妖精たちの楽園じゃ」
ガラムの怒号、ガレスの説教、モルドレッドの悪態。
やかましすぎる同乗者たちを乗せ、『ガウェインの鉄靴』はキャメロットから遥か西に広がる、未知なる『妖精の森』へとキャタピラの音を響かせて進んでいく。
これから先の旅路にどれほどの理不尽が待ち受けていようとも。この騒がしくも温かい日常の喧騒が、彼らの心を確かに繋ぎ止めていた。
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