幕間:湖の騎士と、王都の暗雲
王都キャメロット。
復興が進む街並みを見下ろす高い城壁の上に、神聖な極光を放つ、汚れ一つない鎧の騎士が立っていた。
円卓の騎士、第一位。
『湖の騎士』ランスロット。
「……こんな吹きさらしの城壁で黄昏れるとは。第一位ともなると、優雅なものだな」
背後からかけられた皮肉めいた声に、ランスロットは振り返ることなく答えた。
「王都の風向きが変わった気がしてな。……何か報告があったか、アグラヴェイン」
「ああ。私の暗部の『目』から、北の霊峰についての報告が上がってきた」
冷たい眼鏡を光らせたアグラヴェインが、ランスロットの隣に並び立ち、眼下に広がる王都を見下ろした。
「あの番犬……。なんと、たった数日で妹の凍りついた狂気を力任せに叩き割り、あろうことか、あの星見の塔の『大魔術師マーリン』を下界に引きずり下ろしたらしい」
「……ほう」
ランスロットの表情が、微かに動いた。
「大魔術師殿が、自ら動かれたか。……ならば、あの忌まわしい『原罪の術式』を解呪する手がかりも?」
「ああ。西の妖精の森にある『浄化の聖杯』だそうだ。……現在、彼らの移動要塞はガレスとあの魔術師を乗せ、そのまま西へと向かっている」
「相変わらず、無茶苦茶な男だ」
ランスロットは、短く息を吐いた。
「あのガレスの剣を、ただの力任せでどうにかできるはずがない。……自身の骨と肉を削り、あのかつての戦友でさえ為し得なかった奇跡でも起こしたのだろう」
一見すると厳格で、アッシュのような荒くれ者を認めていないように見えるランスロット。
だが、その兜の奥にある瞳は、決してアッシュを嫌悪してはいなかった。むしろ、泥水に塗れながらも前に進み続けるその姿に、ガウェインの面影と、彼が剣を託した意味を確かに見出し始めていた。
「……頼もしいことだ」
ランスロットが、誰に聞こえるでもなく小さく呟く。
「フン。呑気なことを言っている場合ではないぞ、ランスロット」
アグラヴェインが、眼鏡の位置を直し、その声を一段と低く、冷酷なものに変えた。
「問題は、王城の地下牢に繋いでいる、あの『聖杯の騎士』たちだ」
その名前が出た瞬間、城壁の上の空気がピンと張り詰めた。
ランスロットから放たれていた極光が、ほんのわずかに、だが確かに揺らいだのだ。
「教団に洗脳されたガラハッドとパーシヴァル……。厳重な魔術拘束を施しているにも関わらず、奴らは地下牢の暗闇の中で、ここ数日ずっと不気味な祈りの言葉を呟き続けている。……奴らの中に巣食う教団のドス黒い呪いが、日増しに膨れ上がっているのだ」
「……呪縛の進行、あるいは外からの遠隔操作か」
ランスロットが、腰の剣の柄にそっと手を触れる。
その横顔には、普段の完璧な騎士には見合わない、深い苦悩の影が落ちていた。
「……剣は鈍らぬだろうな、ランスロット。相手が、貴公の『血』を色濃く継ぐ者であったとしても」
アグラヴェインの冷酷な問いかけに、ランスロットの瞳が静かに伏せられる。
「……彼は、私以上に清らかな光の道を歩むと信じていた」
ポツリとこぼれ落ちた、完璧な男の不器用な本音。
だが、ランスロットはすぐに顔を上げ、王都の中心――アーサー王の座す巨大な城へと鋭い眼光を向けた。
「だが、もし彼が完全に魔女の呪いに呑まれ、王に刃を向けるというのなら」
極光が、再び城壁の上で強く、神聖な輝きを放つ。
それは、父親としての私情を切り捨てた、冷酷なまでの第一騎士の覚悟の光だった。
「その因果は、私自身の手で断ち切らねばなるまい。……何人たりとも、王の御首には指一本触れさせはしない」
「言われるまでもない。……教団のドス黒い陰謀の根を絶つのは、私の役目だ。地下牢と大聖堂の監視は、暗部が徹底する」
アグラヴェインが冷たく笑い、踵を返す。
西の森で、アッシュたちが『浄化の聖杯』を掴み取るのが先か。
それとも、地下牢の呪いが限界を迎え、狂信者たちが反逆の狼煙を上げるのが先か。
キャメロットの頂点に立つ大人たちは、遥か西の空へ密かな期待を込めながら、静かに、そして確実に、王都に迫る巨大な闇を迎え撃つ覚悟を固めていた。
幕間、お読みいただきありがとうございます。
最強の騎士が抱える、完璧ゆえの孤独と息子への苦悩。
その行く末は――――。
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