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第72話:星見の魔術師と、次なる旅路

 長く暗い螺旋階段を抜け、アッシュたちが辿り着いた『星見の塔』の最上階は、外で荒れ狂う猛吹雪が嘘のように穏やかな空間だった。


 石造りの壁の先、天井は存在しない。代わりに、宇宙の深淵を直接覗き込んでいるかのような、満天の星空が魔法のように広がっている。

 その神々しい星明かりの下。巨大な水晶球の傍らに、星の瞬きをそのまま編み込んだようなローブを纏った一人の老人が、静かに佇んでいた。


「ようこそ、星見の塔へ。……よくぞここまで登ってきたのう、辺境から這い上がった黒陽の小僧よ」


 伝説の大魔術師、マーリン。

 長く白い髭を蓄えたその老人は、まるで世界の全てを見透かしているかのような、深く、そしてどこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「……アンタがマーリンか。悪いが、サインを貰いに来たわけじゃねえ」

 アッシュは、ガレスの双剣に抉られた左肩の痛みを堪えながら、単刀直入に切り出した。


「王都にいる円卓の騎士、ガラハッドたちが『神聖教団』のイカれた洗脳を受けてる。ウチの眼鏡(アグラヴェイン)が言うには、アンタならその解呪の方法を知ってるそうだな」


「うむ。王都の地下でカビ臭い陰謀を巡らせておる、あの次男坊(アグラヴェイン)の読み通りじゃ」


 マーリンは、ふわりと宙に浮いたティーカップをアッシュたちに差し出しながら、静かに頷いた。


「教団が円卓に施した『原罪の術式』……あれは、人間の精神の根源に泥を流し込むような、極めて悪辣で古い呪縛じゃ。外から無理に魔術で解こうとすれば、対象の精神ごと崩壊するじゃろうな」


「じゃあ、どうすりゃいい! 手出しできねェってのかよ!」

 モルドレッドが、苛立ったように大剣の柄を叩く。


「いや、方法は一つだけある」

 マーリンが水晶球に手をかざす。そこに、鬱蒼と茂る深い森と、仄かに光り輝く『杯』のビジョンが鮮明に映し出された。


「キャメロットから遥か西。人の立ち入らぬ『妖精の森』の最奥に眠る、古の遺物……【浄化の聖杯】。あの杯の力を使えば、教団のドス黒い洗脳を安全に、かつ完全に洗い流すことができる」


「西の森の、浄化の聖杯……!」

 エレンが、その言葉をしっかりと噛み締めるように復唱した。


「ああ。じゃが、あの森は気まぐれな精霊や妖精たちの悪戯(まじゅつ)に満ちた厄介な場所じゃ。……重たい鉄の剣を振り回すことしか知らんお主らだけでは、迷子になってミイラになるのがオチじゃろうな」


 マーリンは、自分の長い髭を撫でながら、ニカッと豪快に笑った。


「というわけで、ワシも久々に下界の空気を吸うついでに、お主らの要塞に同行してやろう。王都で踏ん張っておるワシの愛弟子(アーサー)にも、久々に顔を見せてやらねばならんしな」


「はぁ!? アンタが一緒に来るのか!?」

 アッシュが目を丸くする。


「当然じゃ。ワシは昔から、不器用に足掻く若者を見るのが大好きでな。……それに」

 マーリンの視線が、アッシュの背後に立つ純白の少女へと向けられた。


「そこの強情なブラコン娘も、まさか『私はここで留守番をしています』などと、可愛げのないことは言わんじゃろう?」


「な、誰がブラコンですかッ! 誰が可愛げがないと……ッ!!」

 ガレスが顔を真っ赤にして、マーリンに食ってかかる。


「わ、私は円卓の騎士として、この偽物が兄様の名前を汚さないか『監視』する義務があるだけです! 森だろうが王都だろうが、どこへでもついて行きますからね!!」

「ホッホッホ、そうかそうか。頼もしいのう」


 顔を真っ赤にして言い訳をする妹騎士の姿に、エレンやベリンダが思わずクスクスと笑い声を漏らす。モルドレッドは「要塞(ウチ)の食い扶持が増えやがる」と舌打ちをしたが、その顔もどこか楽しげだった。


「……やれやれ。爺さんにクソガキに、大所帯になってきやがったぜ」


 アッシュはわざとらしく大きなため息をついた後、右手――呪籠手に覆われた『黒陽シリンダー』を、ギュッと力強く握りしめた。


 辺境の村で、あの日受け取った重すぎる看板。

 その重さに押し潰されそうになりながらも、決して立ち止まることだけはしなかった。

 嘘に嘘を塗り固め、血と泥に塗れて這い上がってきた結果。振り返れば、彼の背中にはこんなにも頼もしく、やかましい仲間たちが揃っている。


「……行くぞ、お前ら。西の『妖精の森』だ。教団のイカれた洗脳をぶっ壊す、大事なお宝(聖杯)を頂戴しに行くぜ」


 アッシュの号令に、仲間たちが力強く頷く。

 ガレスもまた、少しだけ恥ずかしそうに、しかし確かに、その輪の中に加わっていた。


 北の霊峰の氷は溶け、星見の魔術師が新たな道を示す。

 不格好な太陽とやかましい仲間たちの次なる旅路が、今、遥か西の果てへと開かれた。

第72話、お読みいただきありがとうございます。


少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。

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