第77話:妖精王の盤上と、奪われた牙
アッシュとガレスが妖精女王ティターニアと遭遇していた頃。
白霧によって分断されたエレン、モルドレッド、ベリンダの三人は、森の木々が突然消え去り、足元が白と黒の巨大な市松模様の石畳へと変化したことに気づいた。
「……な、何よここ。アッシュ!? ガレス様!?」
エレンが周囲を見回すが、深い霧の壁に阻まれて二人の姿はない。
見渡す限りの無機質な白黒のチェス盤。森の湿気や甘い香りは完全に消え失せ、冷たく乾燥した空気が肌を刺す。
エレンは警戒し、白銀の細剣に手をかけようとした。
「おいエレン。テメェ、なんか縮んでねえか? 視線がすげえ下なんだけどよ」
「そういうあんたこそ、鼻垂らしのガキみたいになってるわよ!?」
「何言ってんだ、俺はいつだって……って、うおッ!?」
モルドレッドが自分の手を見て、素っ頓狂な驚きの声を上げた。
傷だらけで無骨だった大人の手足が、十歳前後の華奢な子供のそれへと縮んでいたのだ。身につけている軽鎧もダボダボになり、布地が地面を引きずっている。
「ちょっと、嘘でしょ……きゃっ!?」
隣でベリンダが悲鳴を上げた。
子供の姿になった彼女は、背負っていたボールス譲りの巨大な漆黒の盾の重さに耐えきれず、亀がひっくり返るように仰向けに転倒してしまったのだ。
「ベリンダ! ……くっ、私の細剣も、やけに重い……!」
エレンも自身の剣を構えようとしたが、今の子供の筋力では、まるで鉄の丸太を持ち上げているかのように腕が小刻みに震えた。
筋力だけではない。体内の魔力回路も未発達な子供の状態に戻され、まともに魔力による身体強化すら行えない。
王都の死線を潜り抜けてきた大人の牙が、完全に奪い去られたのだ。
「アハハハハッ! 面白い! 人間の子供って、本当に無様で可愛いね!」
突然、頭上から無邪気で残酷な笑い声が響いた。
三人が見上げると、宙に浮く巨大な玉座に、美しい蝶の羽と王冠を戴いた金髪の少年が足を組んで座っていた。その背後には、見慣れた星空のローブを着た老人が、優雅にティーカップを傾けている。
「マーリンのジジイ!? なんでアンタがそこにいんだよ!」
モルドレッドが、ダボダボの服を引っ張りながら吠える。
「ホッホッホ。ここは妖精王オベロンの支配する遊戯盤じゃ。ワシは老体ゆえ、旧友の彼とお茶でも飲みながら見学させてもらうぞい」
「はぁ!? 私たちを助けなさいよ!」
エレンが抗議するが、玉座に座る妖精王オベロンがニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべてそれを遮った。
「ダメだよ。星見のジジイが骨のある面白い人間を連れてきたって言うから、歓迎の魔法をかけてあげたんだ。まずは僕のチェス盤で、僕の駒と遊ぼうじゃないか!」
オベロンが小さく指を鳴らした。
ゴゴゴゴゴォォォ……ッ!
巨大な市松模様の石畳が地鳴りを立てて隆起し、八体の白亜のストーンゴーレムが姿を現した。丸い頭部と盾を持った、チェスの歩兵の形を模したゴーレムたち。
一体の背丈は二メートル近くあり、無機質な殺意を放って子供たちを見下ろしている。
「チッ、こんな岩ころ、ガキの姿でも一刀両断してやらァ!!」
モルドレッドが好戦的な笑みを浮かべ、身の丈ほどもあるギザギザの大剣を全力で振りかぶった。
大人であれば、容易くゴーレムを両断していたはずの一撃。
「オラァッ!! ……って、ぐはァッ!?」
だが、次の瞬間。
子供の筋力ではその規格外の鉄塊の重量を支えきれず、モルドレッドは剣の遠心力に完全に振り回される形で、自ら顔面から石畳にズッコケた。
「痛てェ!! なんだこのクソ重てェ鉄塊は!?」
「馬鹿ねモルドレッド! 今の私たちの筋力じゃ、大人の頃の力任せの戦い方なんてできるわけないでしょ!」
ベリンダが、巨大な大盾の下から這い出そうと必死にもがきながら怒鳴る。
ギギギッ……。
倒れ込んだモルドレッドの頭上へ、歩兵のゴーレムが巨大な石の棍棒を無慈悲に振り下ろした。
「モルドレッド!!」
理不尽な妖精王の盤上で、圧倒的な力を奪われた泥犬たち。
絶体絶命の危機から、前途多難すぎる彼らのサバイバルゲームが幕を開ける。
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