第68話:偽りの太陽と、神殿の解答
「オラァァァァァァァァッ!!!!」
五年前の記憶の世界。
アッシュは、ガレスが絶対条件としていた『高貴で美しい剣術』を完全に投げ捨てた。
逃げ遅れた村人を背中で庇い、オーガの振り下ろす巨大な棍棒を自身の肩で受け止めながら、地に塗れた体で強引に聖剣を叩き込む。
『――っ、兄様!?』
幻影のガレスが、信じられないものを見るように叫んだ。
それは彼女の記憶の中にある、一切の汚れを知らない『完全無欠の太陽の騎士』の姿ではなかった。
***
現実世界。氷の神殿。
記憶の世界でアッシュが美しさを捨てた瞬間。
玉座に座るガレスの冷酷な瞳が、勝利を確信して細められた。
「……終わりましたね、偽物。神殿の防衛機構が、あなたを『不正解』と見なしました」
ガレスの言葉と同時に、アッシュの首の左右に突きつけられていた鋭利な氷のギロチンが、容赦なく振り下ろされた。
「アッシュ!!」
エレンが絶叫し、レイピアを抜いて飛び出そうとする。
モルドレッドも舌打ちをして大剣を構えた。だが、圧倒的な結界の力により、ギロチンの落下速度には到底間に合わない。
ガレスは、偽物の首が落ちる光景を見ようと冷たく目を伏せた。
――ピシリ、と。
静寂の神殿に、小さな亀裂の音が響いた。
「……え?」
ガレスが目を開ける。
氷のギロチンは、アッシュの首の皮一枚をわずかに切ったところで、ピタリと空中で静止していたのだ。
それだけではない。アッシュを拘束していた分厚い氷柱に、無数のヒビが走り始めている。
「な……なぜ? 防衛機構は絶対に作動したはず……!」
ガレスが玉座から立ち上がり、信じられないというように目を見開いた。
この神殿のシステムは、大魔術師マーリンが構築した絶対の結界。対象が『ガウェインの完璧な再現』から少しでも外れれば、容赦なく排除するはずだ。
パァァァァンッ!!!
次の瞬間、アッシュを閉じ込めていた氷の柱が、内側から粉々に砕け散った。
舞い散る氷の破片の中、拘束を解かれたアッシュが、荒い息を吐きながらゆっくりと首を回す。
「……ッ、はぁ……。最悪な夢だったぜ」
「バカな……。結界が、あなたの行動を『正解』だと認めたというのですか!?」
ガレスの純白の鎧が、初めて動揺に震えた。
「あんな……あんな下品で無骨な剣の振り方が、兄様と同じだと!? ふざけないでください! 兄様はあんな無様な戦い方など、一度だって……!」
「――『騎士の剣は敵を倒すためじゃねえ。領民を護る盾だ』」
アッシュの低く、静かな声が、ガレスの叫びを遮った。
「……ッ」
ガレスの息が止まる。それは、五年前のあの日、戦場へ向かう兄が最後に自分に教えてくれた言葉そのものだったからだ。
「村の爺さんから聞いたぜ。アンタが死ぬほど崇拝してる太陽の騎士様は……見栄えや綺麗な剣術なんかより、誰かを護ることを一番に考える、お人好しの馬鹿野郎だったんだろ」
アッシュは、血の滲む首筋を無造作に拭い、ガレスを真っ直ぐに見据えた。
「神殿のシステムだか魔術だか知らねえが……このポンコツの結界は、俺の不格好な戦い方の方を『本物の兄貴と同じだ』って判断したみたいだな」
「違う……。兄様は、もっと美しくて……完璧で……」
ガレスが後ずさる。
彼女の足元から、神殿の床を覆っていた氷が、ゆっくりと溶け始めていた。
マーリンの結界が、アッシュの『魂の解答』を受け入れ、その役目を終えて解除されようとしているのだ。
「認めません……っ。お前のような偽物が、兄様の心を理解しているなど……絶対に!」
ガレスは白銀の剣を抜き放ち、ギリッと歯を食いしばった。
だが、その切っ先は、先ほどまでの絶対零度の殺意とは違い、かすかに震えていた。
凍りついていた彼女の時間が、神殿の崩壊と共に、確実に音を立てて崩れ始めている。
「……やってみろよ、クソガキ」
アッシュは、背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。
右腕の黒陽シリンダーが、記憶の世界では封じられていた重厚な排熱音を、神殿中に高く響かせる。
「アンタの綺麗な幻ごと、俺が力任せにカチ割ってやる」
過去の幻影に縋る妹と、偽物でありながら本物の魂に触れた男。
崩れゆく氷の神殿の中で、二つの譲れない意地が、互いの存在を懸けて真っ向からぶつかり合う。
第68話、お読みいただきありがとうございます。
おや、ガレスの様子が……?
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