第67話:不格好な太陽と、理不尽な試練
「――はぁっ!!」
抜けるような青空の下、アッシュの手にある本物の聖剣が、陽光を反射して美しい弧を描いた。
一閃。それだけで、飛びかかってきたオークの巨体が、音もなく真っ二つに両断される。
(……軽すぎる。なんだこの剣、バランスがおかしすぎるだろ!)
五年前のガウェインの記憶――追体験の魔術領域の中。
アッシュは内心で冷や汗を流しながら、必死に背筋を伸ばし、大股を開かず、極端に上品で美しい剣筋を心がけていた。
普段なら、大剣の重さとシリンダーの排熱に任せて力任せに叩き斬るのがアッシュの流儀だ。だが、この世界で少しでもガサツな足捌きや大振りをすれば、現実世界の自分の首が飛ぶ。
「兄様! 右からガーゴイルの群れです!」
隣で背中を合わせている、少し幼い純白の少女――幻影のガレスが声を上げる。
「ああ、分かってる! ……ふんっ!」
アッシュは、無理やり爽やかな兄のトーンを作りながら、聖剣を滑らかに振るった。
『少しでも兄様の高貴な剣筋から外れれば、現実のあなたの首を物理的に刎ね飛ばします』
現実のガレスの理不尽なルールが、常に脳裏にへばりついている。
アッシュは、美しい聖剣でガーゴイルを華麗に切り捨てながら、心の中で特大の悪態をついた。
(北の霊峰へ行けとは言ったが、こんなイカれた即死試験が待ってるなんて、あの野郎は一言も言ってなかったじゃねえか!)
(こんなフザけたコスプレ試験、絶対生き残ってクリアしてやる……! 帰ったらあの執務室に乗り込んで、あいつの顔面に頭突きを食らわせてやるからな!)
怒りと、理不尽に対する強烈な反骨心を原動力に、アッシュは必死に完全無欠の太陽を演じ続けた。
***
一方、現実世界の氷の神殿。
玉座に座るガレスは、氷漬けになって直立しているアッシュの肉体を、冷たい目で見下ろしていた。
アッシュの首の左右には、神殿の天井から伸びた鋭利な氷のギロチンが、ギリギリの距離で突きつけられている。
「……アッシュ。頑張って……っ」
エレンは祈るように両手を握りしめ、ベリンダとモルドレッドも油断なく武器を構えていた。
記憶の世界でアッシュが少しでもガウェインらしくない粗暴な選択をした瞬間、あの氷の刃が彼の首を刎ねる。
「……意外ですね」
玉座のガレスが、不快そうに呟いた。
「ただの粗暴な偽物かと思っていましたが……意外にも、兄様の美しい剣術を模倣するだけの器用さはあるようです。……ですが」
ガレスの瞳が、残酷に細められた。
「表面的な剣の真似事など、いつか必ずボロが出る。兄様の高貴なる太陽の魂を持たない者には、絶対に越えられない決定的な状況が必ず訪れます」
***
再び、記憶の戦場。
アッシュの必死の演技は、限界を迎えつつあった。
倒しても倒しても、魔王軍の残党は際限なく湧いてくる。
圧倒的な物量を前に、次第にアッシュの呼吸が乱れ、剣筋を美しく保つ余裕が失われていく。
(……クソッ、数が多すぎる! 綺麗な剣術だけじゃ、捌ききれねえ!)
焦りが生じたその瞬間だった。
「――っ! 兄様!!」
幻影のガレスの悲鳴が響いた。
彼女が守っていた防衛線のわずかな隙間を抜け、一体の巨大なオーガが、彼らの背後――逃げ遅れた数人の村人の元へと迫っていたのだ。
「しまった……!」
幻影のガレスが絶望の声を上げる。
アッシュの位置からは、遠すぎる。
(……走れ!!)
アッシュは、本能のままに地を蹴った。
だが、聖剣を構え、美しい姿勢で走ったのでは、オーガの振り下ろす棍棒に絶対に間に合わない。
間に合わせるには、姿勢を崩し、雪と土にまみれ、文字通り地面を這いつくばるような不格好な跳躍をするしかない。
だが、それをすれば――現実世界の氷のギロチンが作動し、自分の首が飛ぶ。
(あいつの求める完全無欠の兄なら……ここでどう動く!? どうすれば、美しく、完璧に、奴らを助けられる!?)
アッシュの脳内で、思考が猛烈な勢いで加速する。
美しい剣閃。高貴なる立ち振る舞い。汚れない純白の鎧。
『騎士の剣ってのは敵を倒すためにあるんじゃねえ。後ろで震えてる領民たちを護るための盾なんだ。それだけは忘れるなよ!』
その瞬間。北の辺境の村長が語った、本物のガウェインの言葉がアッシュの脳裏に閃いた。
(……馬鹿か、俺は)
アッシュは、小さく笑った。
(あの馬鹿でかい看板が……美しい剣の振り方と村人たちの命、どっちを優先するかなんて、考えるまでもねえだろ!!)
アッシュは、上品な姿勢を捨て去った。
獣のように極端な前傾姿勢となり、地にまみれるのも構わず、聖剣を放り投げるようにして両手で握り締め、オーガに向かって一直線に跳躍したのだ。
「……なッ!?」
記憶の中のガレスが、驚愕に目を見開く。
現実世界。氷の神殿。
玉座のガレスが、「終わりましたね」と冷酷に言い放つ。
アッシュが粗暴な選択をした。即ち、防衛機構のギロチンが容赦無く作動し、アッシュの首元へと刃が迫る。
「アッシュッ!!」
エレンの絶叫が木霊する。
だが、アッシュの魂は、もはやギロチンの刃など見ていなかった。
表面的な美しさなど知ったことか。
お前が崇拝する本物の太陽は、いつだって泥まみれになって、誰かの盾になってきたはずだ。
「オラァァァァァァァァッ!!!!」
記憶の世界で。
アッシュは不格好に地に塗れながら、オーガの棍棒を自らの肩で受け止め、村人を庇い、渾身の力で聖剣を力任せに叩き込んだ。
それは、ガレスの求める美しさからは最もかけ離れた、しかし、ガウェインという男の魂の根本に最も肉薄した、一筋の力強い光だった。
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