第62話:神速の双剣と、絶対零度の舞踏
北の辺境、イルクの村。
猛吹雪が吹き荒れる広場で、雪すらも切り裂く『神速の斬撃』が乱舞していた。
ガギィィィッ!! キィィィンッ!!
「チィッ……!!」
アッシュは名もなき大剣を盾のように構え、完全に防戦一方へと追い込まれていた。
円卓第六位、ガレス。
中性的な美貌を持つ彼女の最大の武器は、その圧倒的な『加速』だった。
第一位であるランスロットが見せた「静と無駄のなさ」から来る速さではない。彼女のそれは、純粋に『速度』という一点のみに自身の全てを注ぎ込んだ、狂気的なまでの「動」の速さだ。
足跡一つ残さず、まるで氷の上を滑るように雪原を高速で移動し、アッシュが瞬きをする間に、すでにその死角へと回り込んでいる。
振るわれる白銀の双剣は、流星のような軌道を描き、アッシュの新しい外套を次々と浅く切り裂いていった。
「(……速え! 俺の目じゃ、完全に残像しか追えねえ!)」
アッシュが右腕の『黒陽シリンダー』の排熱を利用し、強引に体を捻って大剣を薙ぎ払う。
空気を焼き斬る重厚な一撃。だが、その分厚い刃は、ガレスが〇・一秒前までいた空間の雪を空しく溶かすだけだ。
空振りで生じたわずかな隙。そこに、絶対零度の冷気を纏った双剣が容赦なく叩き込まれる。
キィィィンッ!
アッシュは間一髪で大剣の腹を盾にして防いだが、双剣の凄まじい連撃の反動で、雪の上を数メートルも滑らされた。
「……遅い。重い。醜い」
吹雪の中から、ガレスの絶対零度の声が響いた。
彼女は雪の舞う空中にふわりと身を翻し、氷のような瞳でアッシュを見下ろしている。
「兄様の剣は、もっと美しく、圧倒的でした。ただ無骨なだけの鉄塊を振り回すあなたは、太陽の光を汚すただの泥棒だ」
シュラァッ!!
上空から急降下した双剣の一撃が、アッシュの右足の太ももを浅く斬り裂いた。
血飛沫が、真っ白な雪を赤く染める。
「ガ、ァッ……!」
アッシュは膝をつきそうになるのを必死に堪え、大剣を杖にして立ち止まった。
広場の端では、モルドレッドが腕を組んでニヤニヤと笑いながらこの死闘を見物している。エレンとベリンダは、アグラヴェインの親書が通じなかった以上、うかつに手出しができず唇を噛み締めていた。
一歩間違えれば、アッシュだけでなく村人たちまで巻き込みかねない。
「(……クソが。まともに追いかけても、万に一つも当たりゃしねえ)」
アッシュは荒い息を吐きながら、太ももの傷から流れる血の熱を感じていた。
足をやられた。これで機動力は完全に相手の独壇場だ。このまま防戦を続ければ、遠からず体力を削り切られ、文字通り「千切り」にされて終わる。
相手の速度は異常だ。だが、その分、一撃の「重さ」はない。
モルドレッドのような、一振りで骨まで粉砕されるような理不尽な質量はないのだ。ガレスがアッシュの命を確実に絶つほどの致命傷を与えるためには、必ずどこかで「深く踏み込んでくる」瞬間があるはずだった。
「……ケッ。美しくて圧倒的、ね」
アッシュは、太ももから血を流しながらも、獰猛な笑みを浮かべた。
泥臭い思考が、脳内で急速に冷え、研ぎ澄まされていく。
相手が速すぎて当たらないなら。相手から、自分に向かって『真っ直ぐに』飛んできてもらえばいい。
「生憎だが、俺は太陽の騎士様じゃねえんだ。……美しい剣舞なんざ、踊れねえよ」
ズンッ、と。
アッシュは、構えていた大剣を、ダラリと雪面に下げた。
急所である首も、心臓も、すべてを剥き出しにした、完全にガードを捨てた無防備な立ち姿。
「……アッシュ!?」
エレンが信じられないものを見るように叫ぶ。
吹雪の中、ガレスの動きがピタリと止まった。
彼女の白銀の双剣が、ゆっくりと下段に構え直される。
その瞳には、かつてないほどの色濃い、決定的な侮蔑の色が宿っていた。
「……命乞いですか。見苦しい」
ガレスの周囲の雪が、彼女の極限まで高められた魔力によって、フワリと無重力のように浮き上がる。
完全に無防備となった標的の『心臓』を、ただ一撃で、最も美しく、最も速く貫くための構え。
凍てつく雪原で、絶対零度の妹騎士と、ガードを捨てた偽りの兄による、命を懸けた一瞬の交錯が迫っていた。
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