第63話:肉を切らせる泥犬と、不格好な太陽
完全にガードを下げ、無防備な姿を晒すアッシュ。
それを見たガレスの瞳に、深い侮蔑と、絶対零度の殺意が満ちた。
「偽物は、最期まで無様ですね」
ガレスが雪原を蹴った。
ドンッ!! という遅れて届く破裂音と共に、彼女の足元の雪がクレーター状に吹き飛ぶ。
これまでで最速。音すら置き去りにするほどの神速の踏み込みが、アッシュの真正面へと一直線に間合いを詰めた。
狙うは、アッシュの『心臓』。
白銀の双剣が、交差するハサミのように、アッシュの胸ぐらへと突き出される。
「(……ここだ!!)」
アッシュの狙いは、まさにこの『確実な死の一撃』だった。
どれだけ相手の足が速くても。どれだけ予測不可能な軌道で動こうとも。
相手を殺すその瞬間だけは、必ず刃は実体化し、自分の急所に向かって真っ直ぐに向かってくる。
恐怖で足がすくみそうになるのを、奥歯を噛み砕くほどの強い意志でねじ伏せる。
コンマ一秒の判断の遅れが、即ち死に直結する極限の世界。
ズブゥゥゥゥッ!!!!
肉を裂き、骨を砕く、生々しく悍ましい音が広場に響いた。
「アッシュ!!」
エレンが悲鳴を上げる。
ガレスの白銀の双剣は、アッシュの肉体に深々と突き刺さっていた。
だが。それは左胸にある心臓ではなく、そこからわずかに数センチずれた『左肩の付け根』だった。
「……なッ!?」
至近距離で、ガレスの氷のような瞳が初めて驚愕に見開かれた。
外したのではない。
アッシュが、双剣が突き刺さる直前の、本当に紙一重のタイミングで自ら体を捻り、心臓への致命傷を避けたのだ。
そして、あえて『自身の左肩の骨と肉』の最も分厚い部分に、ガレスの双剣を深く噛み合わせたのである。
「……捕まえたぜ、雪虫」
血反吐を吐きながら、アッシュが狞猛に笑う。
彼は、双剣が突き刺さったままの左腕を強引に内側へ折り曲げ、刃ごとガレスの細い両腕をガッチリと抱え込んだ。
肉を切らせて、骨を断つ。
これで、どれほど神速を誇る騎士であろうと、この至近距離から一歩も動くことはできない。
「狂って、いる……! 自身の肉体を、剣留めの盾にするなど……っ!」
ガレスが蒼白になって双剣を引き抜こうとするが、アッシュの異常な膂力と、複雑に骨に食い込んだ刃がそれを許さない。
「言ったろ。俺の剣は、下品なんだよ!!」
アッシュの右腕。
極限の排熱機構を持つ『黒陽シリンダー』が、暴発寸前の轟音を上げる。
逃げ場を失った熱エネルギーが、大剣の刃へと一気に流れ込み、ドロドロの赤熱状態へと一瞬で変貌させる。ガラハッドの絶対防御すら砕いた、命を燃やす極限圧縮の溶断。
それが、逃げ場を失ったガレスの頭上へと、容赦なく振り下ろされた。
「オラァァァァァァァァァッ!!!!」
「――ッ!!」
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
イルクの村を揺るがす、凄まじい熱量と大爆発。
アッシュの右腕から噴き出した黄金の蒸気が、猛吹雪を完全に吹き飛ばし、広場に巨大なクレーターを穿った。
シューゥゥゥゥ……。
吹き飛んだ雪煙が、ゆっくりと晴れていく。
そこには、左肩から大量の血を流しながらも、大剣を振り抜いた姿勢でどっしりと立つアッシュの姿があった。
その十メートル後方。
「……ッ、はぁ、はぁっ……!」
ガレスは、純白の軽鎧の左半分を黒く焦がし、雪の上に膝をついていた。
アッシュの溶断が直撃する直前の、本当に最後の一瞬。彼女は咄嗟に双剣を一本手放し、強引に身を捩って直撃を避けたのだ。
ガレスの右手には、一本の白銀の剣。
そしてアッシュの左肩には、彼女が手放したもう一本の剣が、深々と突き刺さったままである。
「……兄様の剣を。高貴なる太陽の熱を……あんな、泥臭い自爆に使うなんて……」
ガレスが、焦げた鎧を押さえ、荒い息を吐きながら憎悪に満ちた目でアッシュを睨みつける。
「綺麗事じゃ、バケモノには勝てねえんだよ」
アッシュは、自分の肩に刺さった白銀の剣を右手で強引に引き抜くと、血まみれのままそれを雪原に放り捨てた。
「俺は、俺のやり方で、あの看板(兄貴)の尻拭いをしてるだけだ。……文句があるなら、もう一本の剣で俺の首を落としてみろ、妹」
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本物の妹からの「偽物」という罵倒。
それに対し、自らの血肉を削る「泥犬の証明」で答えたアッシュ。
凍てつく辺境の雪原で、絶対に相容れない二つの太陽の意志が、血と雪を散らしながら激しく火花を散らしていた。
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