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第60話:凍てつく辺境と、白銀の殺意

「……さっっっっっむ!! なんだこの雪! 王都と季節が違いすぎんだろ!!」


 キャメロットから北へ数百キロ。

 万年雪に覆われた『凍てつく霊峰(グラキエス)』の麓にある小さな辺境の村、イルク。

 分厚い雪を掻き分けながら村へ足を踏み入れたアッシュは、新しい太陽の外套(バトルコート)の襟を立てながらガタガタと震えていた。


「文句を言わないの。移動要塞(ガウェインの鉄靴)のキャタピラじゃ、この雪山は登れないんだから。……ここからは徒歩よ」

 エレンが、白い息を吐きながら地図を確認する。

 モルドレッドは「ケッ、雪なんざ俺の血雷で全部溶かしてやるぜェ」と物騒なことを言い、ベリンダは大盾をソリ代わりにしようか真剣に悩んでいた。


「おや……? あんたたち、見ない顔だな」


 村の入り口で、毛皮を着込んだ白髭の村長が警戒したように声をかけてきた。

 魔王軍の残党が未だにうろつくこの北の辺境では、外部からの人間は盗賊か賞金稼ぎくらいしかいないからだ。


 だが、村長はアッシュの姿――その左肩で輝く『黄金の太陽の紋章』を見た瞬間、目を見開いて雪の中にへたり込んだ。


「あ、ああっ……! そ、その紋章! その大剣は……!!」

「ん? ああ、俺は……」


 アッシュが名乗るより早く、村長はボロボロと涙を流し、アッシュの雪に濡れたブーツにすがりついた。


「ガウェイン様……! 生きておられたのですね!! 五年前、魔族の群れからこのイルクの村をたった一人で護り抜いてくださった、我らの太陽の騎士様……!!」

「……!」


 アッシュは、息を呑んだ。

 王都の民衆とは違う。この辺境の村人たちは、教団のプロパガンダなど関係なく、五年前の『本物のガウェインの戦う背中』を直接その目に焼き付け、心から感謝し続けていたのだ。


「……あ、ああ。まあ、ちょっと色々あってな」

 アッシュは、バツが悪そうに鼻の頭を擦った。


(……『俺は偽物だ』なんて、口が裂けても言えなかった)


 彼らの純粋な感謝の涙を前にすると、あの男が命を懸けて護り抜いた「看板の重さ」が、アッシュの肩にズシリと圧しかかってくる。


 村長は村の者たちを総出で呼び集め、貧しいながらも温かいシチューと保存肉で、アッシュたちを熱烈に歓迎してくれた。

 温かい暖炉の火。本物のガウェインの思い出を語る村人たちの笑顔。

 王都のドロドロとした政治劇から離れた、素朴で温かい世界観がそこにはあった。


 だが、その平穏は、けたたましい鐘の音によって無残に引き裂かれた。


「そ、村長ォォッ!! 魔族の残党です!! 吹雪に紛れて、北の山からアイス・ガーゴイルの群れが!!」

 見張りの若者が、血相を変えて集会所に飛び込んでくる。


「ヒィィッ……!!」

 村人たちが悲鳴を上げ、子供たちが母親にすがりつく。


「……エレン、狂犬、ベリンダ。食後の運動だ」

 アッシュは、飲みかけのシチューの木の実を噛み砕くと、背中の大剣を抜き放ち、ゆっくりと立ち上がった。

 右腕の黒陽シリンダーから、静かに、しかし力強い排熱音が鳴り響く。


「ガウェイン様……っ!」

「安心しな、爺さん。……『俺』がいる限り、この村に魔族の爪一本触れさせねえよ」


 アッシュは獰猛に笑い、吹雪の吹き荒れる村の広場へと飛び出した。

 上空から、氷の槍を手にした数十匹のアイス・ガーゴイルが、飢えた獣の鳴き声を上げて急降下してくる。


「オラァァァッ!!」

 アッシュが大剣に熱を込め、先頭の一匹を両断しようと大きく振りかぶった、その瞬間だった。


 シュラァァァァァァァァッ!!!!


 猛吹雪を切り裂いて、空から『白銀の閃光』が網目のように降り注いだ。

 アッシュが狙っていた一匹を含め、空を覆っていた数十匹のガーゴイルの群れが。

 一切の悲鳴を上げる間もなく、まるで不可視の巨大なミキサーに放り込まれたかのように、一瞬にして完璧な『サイコロ状の肉片』へと解体され、血の雨となって雪原に降り注いだ。


「……なッ!?」

 アッシュは、大剣を振りかぶった間抜けな姿勢のまま、硬直した。

 モルドレッドもベリンダも、そのあまりにも速く、静かで、圧倒的な暴力の残骸を前に、一歩も動けなかった。


 ザクッ、と。

 降り注ぐ血の雨と肉片の中心。

 村の広場に、中性的な純白の軽鎧を纏った『美しい少女』が、音もなく着地した。


「……あ、貴方は……」

 村長が震える声で呟く。円卓第六位、ガレス。


 彼女の両手には、兄の剣を模した美しい白銀の双剣が握られている。

 魔族の返り血を一切浴びていないその純白の少女は、村人たちには一切目もくれず、ただ氷のような瞳で『アッシュ』だけを見据え、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「……てめぇ、いきなり人の獲物を……」

 アッシュが文句を言おうとした、その言葉は最後まで続かなかった。


 チャキッ。


 気がつけば。

 アッシュの首筋の左右、頸動脈に触れるギリギリの位置に、冷たく光るガレスの『双剣の刃』が、クロスするようにピタリと突きつけられていたのだ。

 エレンすら、いつ彼女が間合いを詰めたのか全く視認できなかった。


「……動かないでください。手足の腱を、八等分に切り刻みますよ」


 吹雪の音すら消え去るような、絶対零度の、静かな、静かな声。


「……兄様(ガウェイン)の剣を、そんな下品な構えで振るうな。この、泥棒が」


 一切の問答を許さない。

 王都の政治も、アグラヴェインの親書も関係ない。ただ純粋な『兄への崇拝』と『偽物への殺意』だけを煮詰めたような氷の瞳が、至近距離でアッシュを射抜いていた。

 大魔術師マーリンの待つ北の霊峰の入り口。不格好な偽りの太陽の喉元には、吹き荒れる猛吹雪よりも冷たく、そして理不尽な『妹』の刃がピタリと添えられていた。

第60話、お読みいただきありがとうございます。


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