幕間2:北への特命と、純白の妹騎士
王都キャメロットの地下深く。暗部の最深部に位置するアグラヴェインの執務室。
新調したばかりの『太陽の戦闘外套』を羽織ったアッシュは、アグラヴェインの分厚い黒檀の机の上にドンと無作法に足を乗せ、極めて不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
「……で? ガラハッドの野郎の洗脳を解くための『別の仕事』ってのは何だ、メガネ」
「机から足を下ろせ、番犬。……単刀直入に言う。貴様らにはこれから、北の果て『凍てつく霊峰』へと向かってもらう」
アグラヴェインが、冷たい眼鏡の奥の瞳を細め、一枚の羊皮紙を机に広げた。
「円卓の騎士にまで施された、教団のドス黒い精神支配の術式。私の暗部の魔術師総出で解析にあたっているが、術式の根源が古すぎて手出しができない。……これを安全に解除するには、かつてこの国の魔術の礎を築き、今は北の塔に隠遁している『大魔術師マーリン』の知恵がどうしても必要だ」
「マーリン……! お伽話に出てくるような、伝説の魔術師ですか?」
エレンが驚きに目を見開く。
「ああ。だが問題は、彼の居場所ではない。……現在、その北の霊峰一帯を根城にして、魔王軍の残党を単騎で狩り続けている『野良の円卓』がいることだ」
アグラヴェインの言葉に、壁に寄りかかっていたモルドレッドが「へェ」と凶悪な笑みを浮かべた。
「王都に寄り付かねェ野良犬か。……誰だ? 愁いのトリスタンか?」
「いや。……円卓第六位、『美形の騎士』ガレスだ」
その名前が出た瞬間、エレンの顔からサッと血の気が引いた。
だが、当のアッシュは「誰だそりゃ」と首を傾げている。
「アッシュ……ガレス卿は、本物のガウェイン様の……『実の妹』よ」
「…………は?」
アッシュは間の抜けた声をもらし、机に乗せていた足を滑らせて無様に体勢を崩した。
「あの女は、かつて兄であるガウェインを神のように崇拝していた。五年前の【死の心臓】の戦いで兄が死んだとされた後、王都の政治にも教団にも絶望し、一人で北へ残党狩りに出た、手に負えない狂犬だ」
アグラヴェインが、これ以上ないほど冷酷な笑みを浮かべる。
「その狂犬が最近、王都で『兄の偽物』が英雄面をしているという噂を聞きつけたらしい。……今、奴は貴様を八つ裂きにするため、猛烈な殺意を抱いてこちらへ向かおうとしている」
「ギャァァハハハハッ!!」
モルドレッドが腹を抱えて爆笑し、ベリンダも「うわぁ……」と哀れむような目でアッシュを見た。
「ふざけんな!! なんで俺が本物の妹に殺されに行かなきゃなんねえんだ!!」
「マーリンに会うには、奴の陣取る霊峰を通るしかない。……安心しろ、私が『この偽物はキャメロットのために働いている』という公式の親書を持たせてやる。少しは手加減してくれるだろう」
完全に楽しんでいるアグラヴェインを前に、アッシュは頭を抱えた。
教団のバケモノの次は、本物の妹。しかも、絶対に話し合いなど通じない「兄の過激派ファン」。
不格好な太陽にとって、胃に穴が空くような最悪の遠征任務が下された瞬間だった。
***
同じ頃。
王都から遠く離れた、北の凍てつく雪原。
「――邪魔です」
冷たく、しかし鈴の転がるような美しい少女の声が響いた。
直後。
雪原を覆い尽くしていた数十匹の魔族の残党が、一瞬にして細切れの肉片となって吹き飛んだ。
血の雨が降る雪原の中心。
そこに立っていたのは、中性的な流線型の純白の軽鎧を纏った、息を呑むほど美しい少女だった。
円卓第六位、ガレス。
彼女の手には、兄である太陽の騎士を模したような、美しい『白銀の双剣』が握られている。
だが、その美しい顔立ちは、凍てつく雪よりも冷酷な怒りに満ちていた。
「……王都に、兄様を騙る不潔な偽物が現れたと聞きました」
ガレスは、双剣についた魔族の血を無造作に振り払い、南の空――キャメロットのある方角を、氷のような瞳で睨み据えた。
「兄様の高貴なる太陽の剣を、無骨な油と煤で汚すなんて……。教団の連中よりも、絶対に許せない」
少女の背後に展開された圧倒的な魔力が、周囲の猛吹雪を強引に吹き飛ばす。
兄を神と崇める純真なる殺意。
大魔術師マーリンの待つ北の霊峰へと向かうアッシュたちを待ち受けるのは、絶対零度の怒りを抱いた『妹』の理不尽な刃だった。
幕間2、お読みいただきありがとうございます。
本物のガウェインの妹が立ちはだかる!
話し合いの通じない最悪の身内(?)相手に、偽物のアッシュはどう立ち向かうのでしょうか。
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