第48話:泥濘の最深部と、第十二位の聖杯
「……ッ、チィ!! 斬っても焼いても笑ってやがる。本当に気味が悪い連中だぜ」
王都の地下水路、第4区画。
濁水に沈む暗闇の中で、アッシュの右腕『黒陽シリンダーVer.2』から放たれた黄金の火の粉が、最後に立ち塞がっていた白装束の狂信者を消し炭に変えた。
痛みを感じず、ただ恍惚とした笑顔で光の鞭を振るい続けた異端の人間たち。
彼らを力任せに粉砕した四人だったが、その顔に勝利の安堵はなかった。むしろ、得体の知れない気味の悪さが、淀んだ水のように足元に絡みついて離れない。
「終わったわね。……アッシュ、この奥よ」
エレンが、白銀の細剣についた汚れを払い落とし、水路の最奥にそびえる『巨大な鉄の扉』を指差した。
「ああ。ネズミの巣の『ド真ん中』だ。何が飛び出してきても容赦しねえぞ」
モルドレッドがギザギザの大剣を肩に担ぎ、ベリンダが漆黒の大盾を構えて先頭に立つ。
ギギィィィィ……ッ。
アッシュが赤熱した大剣で鉄の扉の錠を溶断し、重い扉を蹴り開けた。
旧貯水槽の最深部。
そこに広がっていたのは、王都の地下とは思えないほど広大で、そして……異様な空間だった。
「……なんだ、アレは」
アッシュが息を呑む。
部屋の中央に鎮座していたのは、見上げるほど巨大な『檻』。
そしてその檻の中に捕らえられていたのは、ドクン、ドクンと脈打つ、醜悪な紫黒色の肉塊だった。
「嘘でしょ……あれ、旧大陸で私たちが吹き飛ばした【死の心臓】の……欠片!?」
エレンが驚愕に声を震わせる。
完全に消滅したはずの魔王軍の心臓。その微小な欠片を、教団の者たちが極秘に回収し、王都の地下で培養していたのだ。
だが、さらに異様だったのは、その黒い肉塊を縛り付けるように、無数の『純白の光の杭』が突き刺さっていたことだ。魔族の穢れた瘴気と、教団の神聖な光。相反する二つの力が、檻の中でドロドロに混ざり合い、おぞましい合成獣のような脈動を繰り返していた。
「悪魔の心臓を、神の力で飼い慣らそうってのか……? 狂ってやがる」
アッシュが嫌悪感に顔を歪めた、その時。
「――狂っているのは、あなた方の方ですよ。穢れた偽物殿」
静かで、鈴の音のように透き通った声が、石造りの空間に響き渡った。
四人が一斉に武器を構え、声のした檻の前へと視線を向ける。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
一切の装飾を持たない、汚れ一つない純白の修道服。
顔の下半分をベールで隠し、手には武器の代わりに、透き通るような白銀のロザリオだけを握っている。
殺気も、敵意も、暴力の気配すら一切ない。だが、その男がそこに立っているだけで、アッシュたちは「首元に冷たい刃を当てられている」ような、異常な重圧を感じていた。
「……おいおい。マジかよ」
モルドレッドの顔から、いつもの余裕の笑みが消え去り、額に冷たい汗が伝う。
「知っているのか、狂犬」
「ああ。……円卓の第十二位。『聖杯の騎士』ガラハッド。……教団の狂信者の親玉は、円卓の身内だったってわけだ」
その名を聞き、エレンとベリンダの背筋が凍りつく。
人類の希望である円卓の騎士。その末席にして、最も神聖な力を持つとされる男が、このおぞましい実験の責任者だったのだ。
「ネズミとは、心外ですね。我々はただ、神の御使いとして、この世界を『完全に浄化』するための準備をしているだけです」
ガラハッドは、ベール越しの瞳を細め、穏やかに微笑んだ。
「魔族も、人間も、その本質は欲に塗れた不完全な生き物。……だからこそ、私がこの『死の心臓』の力と神聖な光を融合させ、完全なる浄化の炎を創り出す。……ああ、かわいそうに。偽物の太陽よ」
ガラハッドの冷たく澄んだ瞳が、アッシュの右腕『黒陽シリンダー』に向けられる。
「本物の英雄が残した力に、そのような無骨で汚らしい鉄の檻を被せ、無理やりボイラーのように燃やしている。……そのような穢れた火の粉では、世界は救えない。私が、ここであなたを浄化し、その呪われた右腕を終わらせてあげましょう」
「……テメェの薄気味悪い御託は、もう腹一杯だ」
アッシュは、ギリィッ……と黒陽の右腕の排気管を鳴らした。
大魔将が放っていた「物理的な死の恐怖」とは全く違う。そこにあるのは、自分たちのような不格好な存在を『ゴミのように消し去ろうとする純粋な悪意』だ。
「俺は地べたを這いずってでも生き抜く。テメェらみたいな綺麗事しか言えねえ狂信者に、浄化されてたまるかよッ!!」
ズガァァァァァァァァンッ!!
アッシュが、石畳を爆発的に蹴り飛ばして踏み込んだ。
右腕の圧力を限界まで高め、赤熱した名もなき大剣が、黄金の火の粉を撒き散らしながらガラハッドの純白の姿を両断しようと振り下ろされる。
同時に、背後からモルドレッドが『叛逆の血雷』を纏った大剣で、退路を断つように死角から斬りかかった。
大魔将すら退けた、二匹の猛獣による完璧な同時攻撃。
だが。
「……遅いですね」
カィィィィィィィィンッ……!!
物理的な衝撃音ではなく、耳を劈くような『ガラスが軋むような高音』が地下空間に響き渡った。
「なッ……!?」
アッシュとモルドレッドは、信じられないものを見るように目を見開いた。
ガラハッドは、一歩も動いていなかった。
ただ、彼が指先でロザリオを掲げた瞬間、その周囲に『白飛びするほど眩い光の障壁』が展開され、超高熱の大剣も、狂犬の血雷も、完全に静止させられていたのだ。
熱も、音も、衝撃も。
全てがその『純粋な光』の前に相殺され、無効化されている。
「……これが、偽物の限界です」
ガラハッドが、静かにロザリオを反転させた。
「『聖杯の洗礼』」
ドンッ!! と。
アッシュとモルドレッドの巨体が、見えない光の奔流によって、何十メートルも後方の石壁まで紙くずのように弾き飛ばされた。
「ガァァァァッ!?」
「ゴハッ……!!」
分厚い石壁がクレーター状に陥没し、二人が血を吐いて崩れ落ちる。
「アッシュ!!」
エレンとベリンダが叫ぶ。
「……次元が、違いすぎる……」
壁際で咳き込むアッシュは、全身の骨が軋む激痛の中で、圧倒的な絶望を悟っていた。
ハッタリで誤魔化し、ガラムの装甲に頼り、力任せに這い上がってきた持たざる者の火の粉。
それが、現役の『円卓の騎士』という理不尽な本物の武威の前に、初めて完全にねじ伏せられた。
暗く冷たい地下の最深部。絶対的な力を見せつける純白の騎士を前に、血を吐く偽物の太陽は、かつてない壁の高さを痛感していた。
第48話、お読みいただきありがとうございます。
円卓の騎士という「本物」の力の前に、これまでハッタリと機転で乗り切ってきたアッシュたちが初めて完璧にねじ伏せられました。
少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。




