第47話:澱みの旧貯水槽と、白亜の狂信
タキシードとドレスを脱ぎ捨てた四人は、いつもの血と油が染み付いた重装甲に着替え、王都の地下深くへと足を踏み入れていた。
「……くせえな。上の連中が垂れ流した汚水の匂いが充満してやがる」
アッシュが、黒陽の右腕をチリチリと鳴らして暗闇を照らしながら、鼻をしかめる。
第4区画・旧貯水槽。
王都の華やかな光が一切届かないこの場所は、ざらついた石組みと鉄錆、そして足首まで浸かる濁水に支配された『完全な闇』だった。
「気をつけて、アッシュ。ここから先は教団の領域よ」
エレンが、澱んだ水に白銀の軽鎧を汚すことも厭わず、レイピアを抜いて警戒を強める。
その横では、ベリンダが身の丈ほどある漆黒の大盾を構え、モルドレッドがギザギザの大剣を引きずりながら、獣のように鼻を鳴らしていた。
「……おい、偽物。来るぜ」
モルドレッドが低く唸った、その時。
チャプ……チャプ……。
濁水を踏みしめる、等間隔の足音が響いてきた。
旧貯水槽の奥の暗闇から、無数の『白飛びするほどの光』が浮かび上がる。
それは、汚れ一つない純白の法衣をすっぽりと被った、数十人の集団だった。彼らの手には、武器ではなく、松明のように燃え盛る『光の鞭』が握られている。
「……見つけたぞ。太陽の御名を騙る、煤けた偶像よ」
先頭に立つ法衣の男が、感情の抜け落ちた声で呟いた。
「テメェらがアグラヴェインの名を騙って、俺たちを殺そうとしたネズミ共か」
アッシュは、背中の名もなき大剣を抜き放ち、肩に担いだ。
「王都の法廷で全部吐かせてもいいんだが……あいにく、俺たちは行儀のいい騎士団じゃねえんでな。全員、ここで丸焼きにしてやるよ」
アッシュの挑発に、狂信者たちは一切の怒りを見せなかった。
それどころか、フードの奥の口元が、ニチャリと『恍惚とした笑顔』に歪む。
「我らは神の御使い。穢れた火の粉など、この神聖なる光で浄化してくれる」
バチィィィンッ!!
男が手首を振ると、握られていた『光の鞭』が弾け、アッシュの足元の石畳を飴のようにドロドロに溶断した。
「(……ッ、純粋な光の魔力!? いや、違う!)」
エレンが戦慄する。
光の鞭を握っている男の手のひらは、その凄まじい熱量によって、ジュウジュウと肉が焼け焦げているのだ。
だが、男は痛みを感じるどころか、恍惚とした笑顔のまま、さらに強く鞭を握りしめている。
「オラァァァッ!!」
ベリンダが、漆黒の大盾を構えて先陣を切った。
「ネズミ共! その細っこい鞭ごと、親父のハンマーで叩き潰してやる!」
ドゴォォォォンッ!!
ベリンダの巨大な鉄槌が、光の鞭を振るう狂信者の胴体に直撃する。
並の人間なら内臓が破裂し、即死するほどの物理的な大質量。
「……あ、ははははっ!」
だが、肋骨が完全に砕け、濁水に吹き飛ばされた狂信者は、口から大量の血を吐きながらも、ケラケラと笑い声を上げて立ち上がってきたのだ。
「なッ……!? こいつ、人間でしょ!? なんで立ち上がれるのよ!」
ベリンダが信じられないものを見るように目を丸くする。
「ギャハハハッ! 痛覚がイカれてやがるのか! 気持ち悪い連中だぜェ!」
モルドレッドが歓喜の声を上げ、大剣で別の狂信者の腕を斬り飛ばす。
しかし、腕を失った狂信者は、血を噴き出しながらも、残った片腕でモルドレッドの足首に笑顔でしがみついてきた。
「神よ……我が血を、偽物を焼き尽くす薪としたまえ……!」
「……チッ!」
モルドレッドが舌打ちをして、その頭を大剣の柄で容赦なく叩き割る。
「アッシュ! こいつら、魔王軍のバケモノよりタチが悪いわ!」
エレンが、光の鞭をレイピアで弾きながら叫ぶ。
「ああ。自分の命をチップとも思ってねえ、完全な『イカレ野郎』だ」
大魔将のような圧倒的な武威でもなければ、ネクロのような死への冒涜でもない。
ただひたすらに「自分が正しい」と信じ込み、肉体の限界も痛みも無視して、笑顔で自らを焼き切りながら特攻してくる純粋な人間たち。
汚水と暗闇の地下水路で、純白の法衣と生々しい血飛沫が、不気味なコントラストを描き出す。
「テメェらのその『神様』は……随分と悪趣味なオモチャの遊び方をするらしいな」
アッシュは、黒陽の右腕に極限まで圧力を溜め込み、ギチギチと排気管を鳴らした。
「だったら、俺の『焦げ臭い油』で、その狂った頭ごと消毒してやるよッ!!」
「排熱弁・全開ッ!!!!」
――ドバァァァァァァァァァァッ!!!
暗く冷たい地下水路が、アッシュの右腕から噴き出した『黄金の火の粉』と『超高熱の白煙』によって、一瞬にして暴力的に塗り潰される。
痛みを知らぬ純白の狂信者たちと、煤と油に塗れた偽物の太陽。
王都の足元に広がる深い闇の中で、決して交わることのない二つの『狂気』が、火花を散らして真正面から激突していく。
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