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第46話:白亜の夜会と、銀の舌戦

 その数分前。

 優雅な弦楽器の音色が響く広間の中心で、エレンは今宵の主であるバルザック伯爵の前で、氷のように完璧な微笑みを浮かべていた。


「素晴らしい夜ですね、伯爵。これほど美しいシャンデリアの輝きは、キャメロットの王城でも滅多にお目にかかれません」

「おお、太陽の騎士の従騎士殿! いやはや、旧大陸の暗雲を払い、世界に真の光をもたらしたガウェイン様の武勲に比べれば、この程度の灯りなど……」


 ふくよかな体型に不釣り合いなほど鋭い目をしたバルザック伯爵が、慇懃に頭を下げる。

 海千山千の腐敗貴族。彼が裏で『聖法国神聖教団』に莫大な資金を横流ししていることは、アグラヴェインの暗部の調査で明白に裏付けられていた。


「ええ。光が強くなれば、足元の『影』もより一層色濃く見えてくるものよ」

 エレンは、シャンパングラスの縁を指先でそっとなぞった。


「例えば……伯爵が経営されている東区の貿易会社。最近、香辛料の輸入帳簿と、実際の倉庫の在庫数に『不自然なズレ』が生じているそうね。その差額、どこへ消えたのかしら?」


 ピタ、と。伯爵のグラスを揺らす手が止まった。


「……何のことやら。若き従騎士殿は、ひどく退屈な冗談がお好きなようだ」

「冗談であれば、アグラヴェイン卿の『影の騎士』たちが、今頃貴方の別邸の隠し金庫をこじ開けていることもないのでしょうね」


「なッ……!?」

 伯爵の顔から、余裕の笑みが完全に剥がれ落ちた。

 アグラヴェインの暗部が動いている。その事実の重さが、彼の喉を締め付ける。


「証拠なら全て揃っているわ。貴方が教団の狂信者たちに資金を流し、この王都の地下で『何か』を飼う手助けをしているという事実も」

 エレンは、周囲の貴族たちに聞こえないよう、一歩だけ伯爵に歩み寄り、声を潜めた。


「ですが、アグラヴェイン卿はこうも仰っていたわ。『ネズミの巣の正確な場所さえ吐けば、バルザック伯爵の首だけは胴体に繋いでおいてやる』と」


「……馬鹿な。私を脅す気か、小娘」

 伯爵は低い声で唸り、周囲の護衛を呼ぼうと視線を巡らせた。

 だが、その視線は会場の隅でピタリと止まった。


 エレンの背後。給仕服を着た数名の男たちが、トレイの下に歪な『波刃の短剣』を隠し持ち、音もなく伯爵へと近づいてきている。

 彼らの胸元には、教団の狂信者であることを示す白百合の聖印が微かに覗いていた。


「……お気づきになったかしら?」

 エレンが、氷のように冷たく、しかしひどく慈悲深い声で囁いた。


「教団はトカゲの尻尾切りに長けているわ。暗部が動いたと知れば、彼らが最初に『誰の口を塞ぐか』……伯爵ならお分かりでしょう?」


「ヒッ……!! 奴ら、私を殺す気か……!」

 伯爵の額から、滝のような脂汗が吹き出した。

 王都の法廷(アグラヴェイン)で裁かれるか、それとも今この場で、裏切った教団の狂信者たちに暗殺されるか。


「私に教団の『ネズミの巣』の場所を教えれば、ガウェイン様の名において、貴方をこの会場から無事に連れ出してあげる。……さあ、どうする?」


 伯爵が絶望に顔を歪め、暗殺者たちがエレンと伯爵に向けて凶刃を振り上げようとした、まさにその瞬間だった。


 「――よそ見してんじゃねえぞ、コウモリ野郎ッ!!」


 ドゴォォォォォンッ!!!


 会場の反対側から、凄まじい速度で飛んできた『銀のトレイ(中身の入った熱々のスープ付き)』が、暗殺者の一人の顔面に直撃した。

 悲鳴を上げる間もなく吹き飛ぶ暗殺者。

 シャンデリアの光が激しく揺れ、貴族たちが「何事だ!?」と悲鳴を上げて道を開ける。


 その奥から、タキシードを窮屈そうに着崩したアッシュが、右腕の黒陽シリンダーからチリチリと高熱の火の粉を撒き散らしながら、猛然と踏み込んできた。


「丸腰だからって、大人しくしてると思ったか? ネズミ共」

 その真横には、ワインボトルを片手に持ったモルドレッドが、不敵な笑みを浮かべて別の暗殺者の首筋に手刀を叩き込んでいる。

「アハッ! こっちの男も怪しいわよ、アッシュ!」

 ベリンダが、ドレス姿のまま両手に銀の食器を握りしめ、楽しそうに暴れ回っていた。


「な、何だあいつらは……!?」

 腰を抜かす伯爵を見下ろし、エレンは呆れたように、しかしひどく頼もしげに口元を綻ばせた。


「……私の連れよ。彼らに見つかったのが、貴方の幸運だったわね」

 エレンは、気絶した暗殺者の首根っこを掴んで立っているアッシュを見やり、再び伯爵に向き直る。


「さて。アグラヴェイン卿への手土産(情報)、頂けるかしら?」


 白飛びするほど眩い光の中。

 一切の武力を持たず言葉だけで貴族を『詰ませた』エレンと、その絶体絶命の窮地に、完璧なタイミングで暗殺者たちを物理的に粉砕しながら乱入してきた泥犬たち。

 完全に退路を断たれた伯爵は、ガタガタと震えながら、ついにその口を開いた。


「……ち、地下水路だ。第4区画、旧貯水槽の奥だ。あそこに奴らは、異端の設備を運び込んで……」


「……賢明な判断ね」


 エレンの完璧な知略と、予測不能な泥犬たちの暴力の融合。

 こうして、王都の地下に巣食うネズミの居場所は、いびつな四人組の手に完全に落ちたのだった。

第46話、お読みいただきありがとうございます。


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