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第45話:壁際の泥犬たちと、王族の作法

 白亜の王都の中心にそびえる、バルザック伯爵の豪奢な邸宅。

 エントランスで武器を没収され(アッシュの右腕の黒陽シリンダーだけは強引に持ち込んだが)、きらびやかな夜会の会場へと足を踏み入れた四人。


「……いいこと、貴方たち。ここは王都の貴族が集まる最高級の夜会よ」


 広間の入り口で、ミッドナイトブルーのドレスを纏ったエレンが、三人の脳筋(猛獣)たちをジロリと睨みつけた。


「アッシュ、貴方は作法を知らないのだから余計な口は開かないこと。ベリンダ、貴方も大声を出して暴れない。モルドレッド……貴方はとにかく誰も殺さないでちょうだい」

「あン? じゃあ俺たちは何してりゃいいんだよ」

「ビュッフェの壁際で、大人しく料理でも食べていなさい。情報の引き出し(貴族の相手)は、私が一人でやるわ」


 元上級貴族であるエレンにとって、彼らを表舞台に立たせるのは爆弾を抱えて歩くようなものだ。

 不満げに壁際へと向かう三人を見送り、エレンはふぅ、と息を吐いてから、完璧な「令嬢の微笑み」を顔に貼り付け、今宵の主であるバルザック伯爵の元へと優雅な足取りで向かった。


***


「……なんだこれ。食い物か? 葉っぱの上に泡が乗ってんぞ」


 アッシュは窮屈なタキシードの首元を引っ張りながら、テーブルに並ぶ繊細なオードブルの数々を前に首を傾げていた。

 村で食べていた黒パンや、要塞での野戦食とは次元が違う。彼はとりあえず、一番大きくて分かりやすいローストビーフの塊に手を伸ばし、傍らにあったフォークをグサッと突き立てて、そのまま齧り付こうとした。


「ちょっとアッシュ、さすがにその食べ方はお作法がなってないわよ」


 それを見かねて、ベリンダが横から待ったをかけた。

 重装甲を無理やりドレスに仕立てたような出で立ちの彼女だが、腐っても円卓の騎士の令嬢である。ここぞとばかりに胸を張り、アッシュに「優雅な貴族の振る舞い」を教えようと意気込んだ。


「いい? お肉はこうやって、ナイフとフォークを使って、端から一口サイズに切り分けて……えいっ」


 バキィッ。


 ベリンダが「優雅に」力を込めた瞬間。

 分厚い銀のナイフとフォークは、彼女の規格外の剛力によって飴細工のようにぐにゃりと曲がり、ローストビーフが乗っていた高級な陶器の皿が、真っ二つに叩き割られた。


「あ……」

 ベリンダが、ひん曲がった銀食器を持ったまま固まる。

 アッシュはジト目で彼女を見下ろした。


「……お前、俺の村の木こりより腕力あるだろ。絶対に従騎士(サポート)には向いてねえぞ」

「う、うるさいわね! この食器がヤワすぎるのよ!」

 顔を真っ赤にして言い訳をするベリンダ。


「ギャハハハッ! どっちも田舎者丸出しじゃねえか。見てて呆れるぜェ」


 二人のドタバタを鼻で笑いながら、モルドレッドが優雅な手つきでワイングラスを揺らした。

 狂犬と呼ばれるその男は、グラスの脚を指先で軽く持ち、色を確認し、香りを楽しみ、ごく自然な所作で一口だけ含むと、静かに目を閉じた。


「……フン。葡萄の産地は南部の丘陵地帯か。保存状態は悪くねえが、澱の抜き方が雑だ。三流の仕事だな」


 そのあまりにも洗練された、流麗で無駄のないテーブルマナー。

 さらに彼は、曲がった食器を見て固まるベリンダの横から新しい皿を抜き取ると、魚料理の骨を銀のナイフとフォークを使って、芸術的な手捌きで一瞬にして外してみせた。


「ほらよ、田舎者共。食うならこうやって上品に食えや」


 仕立ての良いスーツを着こなし、完璧な作法で料理を取り分けるモルドレッド。

 アッシュとベリンダは、顔を見合わせて完全にドン引きしていた。


「……おい、ベリンダ。あいつ、ホントにあの狂犬か? 頭でも打ったんじゃねえか?」

「わ、私に聞かないでよ……。なんか、本物の貴族みたいで気味が悪いわ……」


 いつもは巨大な大剣を振り回し、血と泥に塗れてゲラゲラ笑っている男の、隠しきれない気品。その凄まじいギャップに、二人はローストビーフを噛むことすら忘れていた。


 だが。

 優雅にワイングラスを揺らしていたモルドレッドの目が、ふと、爬虫類のように細められた。


「……なぁ、偽物」

「ん?」

「さっきから、あの給仕(ウェイター)の持ってるトレイ……妙に血の匂いが混ざってやがる」


 モルドレッドの言葉に、アッシュの目から「田舎の村人」の鈍さがスッと消え去り、極限の死線を潜り抜けてきたアッシュの瞳に鋭い光が宿った。

 視線を向ければ、数名のウェイターが、客の死角を縫うようにして、エレンと話しているバルザック伯爵の背後へと回り込もうとしている。


「足音もないし、息遣いもおかしいわね。完全に殺しのプロだわ」

 ベリンダも、令嬢の顔を捨て、重厚な盾を構える時と同じ『戦士』の顔つきになっていた。


 教団の狂信者たち。

 彼らが銀のトレイの下から、毒が塗られた歪な波刃の短剣を滑り出させたのが見えた。狙いは伯爵、そしてエレンだ。


「……作法なんて、知るかよ」


 アッシュが、窮屈なタキシードの首元を乱暴に緩め、右腕の極悪な熱源(ボイラー)をチリチリと鳴らした。

 ここからは、貴族のルールなど通用しない、彼らの一番得意な「暴力」の時間だ。


「おいゴリラ女、アレ貸せ」

 モルドレッドが、ベリンダの横にあった中身の入った熱々のスープ付きの銀のトレイを顎でしゃくる。


「誰がゴリラよ! ……アッシュ、私はどうすればいい?」

 ベリンダが、両手に別の銀のトレイを鷲掴みにしながら牙を剥く。


「決まってんだろ」

 アッシュは、ドレス姿のまま完璧に敵の退路を塞ぐ位置へと歩き出しているエレンの背中を見据え、獰猛に笑った。


「あいつの『仕事(交渉)』の邪魔をするネズミ共を、根こそぎ叩き潰す」


 ウェイターの一人が、伯爵の背中へ凶刃を振り下ろそうと踏み込んだ瞬間。

 丸腰の猛獣たちは、それぞれの牙を剥き出しにして、白飛びするほど眩いシャンデリアの光の中へと猛然と飛び出していった。

第45話、お読みいただきありがとうございます。

闘争本能ってやつはドレスアップしても隠せないものだ。

生まれの良さってものも、完璧に隠すのは難しいものだ。


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