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第44話:白亜の裏取引と、泥犬の夜会潜入

 王都キャメロットの地下深く。

 アッシュの「報酬はなんだ?」という不敵な問いに対し、アグラヴェインは冷たく、しかし獰猛な笑みを浮かべた。


「……フン。泥臭い犬だと思っていたが、随分と図太い野犬になったものだ。良いだろう」


 アグラヴェインは、指先でチェスの駒を弾きながら、その報酬(ギャラ)を提示した。


「一つ。貴様らがこの王都で『太陽の騎士ガウェイン』として、いかなる詮索も受けずに大手を振って歩ける【絶対的な身分の保証】。そして二つ。貴様らのあのボロボロの鉄の要塞を修復し、さらに強化するための『王室専用の魔鉱石と特殊装甲材』だ」


「(……ッ!!)」


 アッシュの喉が、無意識にゴクリと鳴った。

 それは、ただの村人に過ぎないアッシュたちにとって、そして狂鍛冶師であるガラムにとって、喉から手が出るほど欲しい破格の対価だった。円卓の第七位が身分を保証すれば、もう王都でビクビクと怯えながら歩く必要もなくなる。


 だが、アッシュは即座には頷かなかった。

 彼は右腕の装甲をギチリと鳴らし、ニヤリと笑う。


「悪くねえ。だが、もう一つ追加だ」

「……言ってみろ」

「俺の大剣の刃を打ち直すための『最高級の熱伝導材』。それと……ウチの相棒(エレン)に、王都で一番効く最高級の胃薬を山ほどつけろ」


「なッ……アッシュ!? 貴方という人はこんな円卓の騎士を相手に、何を馬鹿な……!」

 エレンが顔を真っ赤にして抗議する。


「……フン。安い手駒だ。交渉成立(ディール)だ」

 アグラヴェインは、呆れることもなくあっさりとその条件を呑んだ。


「で? その教団のネズミ共を炙り出すために、俺たちはどこを焼き払えばいい?」

 アッシュが身を乗り出す。


「教団の連中は、王都の貴族社会に深く根を下ろしている。地下施設(ネズミの巣)の正確な場所を吐かせるため、まずは教団の資金源となっている腐敗貴族、バルザック伯爵に接触しろ」

「接触?」


「今宵、バルザック伯爵の屋敷で大規模な夜会(パーティー)が開かれる。そこに『太陽の騎士』として主賓で潜入し、奴の尻尾を掴め。……もちろん、周囲の貴族に疑われぬよう、それなりの『格好』でな」


 アグラヴェインの冷たい眼鏡がキラリと光った。

 その瞬間、アッシュの顔から「獰猛な笑み」がスッと消え去った。


***


 数時間後。『ガウェインの鉄靴』の医務室。


「オイ……エレン。これ、本当に着なきゃダメなのか? 肩周りがパツンパツンで、息ができねえんだけど」

「我慢しなさい! 英雄である太陽の騎士が、いつまでも油まみれの外套で夜会に出られるわけないでしょう!」


 エレンは、眉間にシワを寄せながら、アッシュの分厚い胸板に無理やり「王都の最高級のタキシード」を着せようと格闘していた。

 元が細身の貴族向けに作られた服である。泥と激戦で鍛え抜かれたアッシュの丸太のような筋肉には全くサイズが合っていない。

 さらに致命的なことに、彼の右腕にある巨大な『黒陽シリンダー』が袖に通るはずもなく。右腕の部分だけは布を強引に切り裂いて、黒い鉄の装甲がボコッと剥き出しになっていた。


「どう見ても不審者じゃねえか。これで夜会に潜入しろって、あのメガネ野郎、絶対わざと俺を笑い者にしようとしてるだろ」

「黙りなさい! 少なくとも『野蛮なボイラー』から『野蛮なボディーガード』くらいには昇格したわ!」


 エレンがネクタイを力任せに締め上げ、アッシュが「グエッ」とカエルが潰れたような声を出す。


「ギャハハハハッ!! 傑作だぜ偽物! ピカピカの服着たゴリラじゃねェか!!」

 モルドレッドが甲板から顔を出して、腹を抱えて笑い転げている。


「あン!? じゃあテメェも着てみろよ狂犬! ……って、アレ? お前、その格好……」

 アッシュが首をさすりながら振り返り、言葉を失った。


 エレンは、いつもの機能的な白銀の軽鎧を脱ぎ捨てていた。

 代わりに身に纏っていたのは、深いミッドナイトブルーの、背中が大きく開いたイブニングドレス。

 極端に細く、繊細で完璧な美しさ。彼女が元々、高名な貴族の令嬢であったことを強烈に思い出させる、ため息が出るほどの気高さだった。


 だが、その美しいドレスの太もものスリットからは、明らかに物騒な『白銀のレイピアの鞘』がチラリと覗いている。


「……何よ。似合わないとでも言いたいの?」

 エレンが、ほんの少しだけ頬を染めて、ツンと顔を背ける。


「いや……なんつーか」


 アッシュは、無意識のうちに右腕のシリンダーから「プスッ」と小さな蒸気を漏らした。

 いつも口うるさく説教してくる鬼コーチの、あまりにも綺麗すぎる姿。

 ただの村の青年であったアッシュの胸の奥で、柄にもなく心臓がドクリと跳ねる。


「……スゲェな。ホントに、お姫様みたいだ」

 アッシュが誤魔化すことなく素直に感嘆の声を漏らすと、エレンの顔が火が出るほどさらに赤くなった。


「わ、私も行くわよ! ガウェイン様!」


 そこに、ドスドスと重たい足音を立ててベリンダが乱入してきた。

 彼女は「分厚い鉄板を無理やりドレスの形に叩き直した」ような、意味不明な重装甲ドレス(?)を着て、背中には巨大な鉄槌を背負っていた。


「ダメよベリンダ! 貴方みたいな重機が夜会に行ったら、床が抜けて潜入どころじゃなくなるわ!」

「なにおぅ! あんただってドレスの下にレイピア隠してるじゃない!」


「いい加減にしろお前ら。俺はただ、あの貴族のオッサンから教団の場所を吐かせりゃいいんだろ?」

 アッシュが、窮屈なタキシードの首元を乱暴に緩めながら、深くため息をついた。


「……行くぞ、エレン。さっさとネズミの尻尾を踏み潰して、この肩の凝る服を脱ぐぜ」


 王都の夜を彩る、華やかで欺瞞に満ちたバルザック伯爵の夜会。

 そこに、右腕から微かに重油の匂いと火の粉を漂わせた、世界で一番不似合いな「泥だらけの太陽の騎士」と「美しい銀の従騎士」が、堂々と正面から足を踏み入れる。

第44話、お読みいただきありがとうございます。

珍しいドレスアップ回ですが、泥犬チームはやっぱり通常運転です。


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