第43話:白亜の地下室と、泥犬の交渉
王都キャメロットの地下深く。
光の届かない冷たい石造りの隠し部屋で、円卓の知将アグラヴェインは、静かに紅茶のカップを傾けていた。
重い鉄の扉が開き、影の騎士ガヘリスに案内されて、アッシュとエレンが部屋に足を踏み入れる。
「……よく生還したな、英雄殿。死の心臓を破壊した功績、王都を代表して労いの言葉を――」
――ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
アグラヴェインの労いの言葉が終わるより早く。
アッシュが踏み込み、極限まで熱を圧縮した『黒陽の右腕』を、アグラヴェインの顔面スレスレを掠める軌道で、背後の分厚い石壁に深々と叩き込んだ。
「アッシュ!?」
エレンが息を呑む。
石壁がクレーター状に粉砕され、シューシューと極太の白煙と黄金の火の粉が、アグラヴェインの白亜の軍服を煤で汚していく。
一歩間違えれば、円卓の騎士の頭を吹き飛ばしていた凶悪な威嚇。
だが。
アグラヴェインは、顔の横で石壁が融解しているというのに、紅茶のカップを揺らすことすらせず、氷のように冷たい目でアッシュを見上げていた。
「……で? 挨拶のつもりか、番犬」
「テメェへの労いだよ、メガネ野郎。暗殺部隊まで使った俺たちの『口封じ』、失敗して残念だったな」
アッシュは、壁に右腕を突き立てたまま、獰猛に牙を剥いてアグラヴェインを睨み下ろした。
だが、内心では滝のような冷や汗をかいていた。
(……微動だに、しやがらねえ。この距離なら、確実に殺気が伝わってるはずだ。なのにこいつは、俺の底を完全に見透かしてやがる)
事実、アグラヴェインの眼鏡の奥の瞳は、「もし貴様が本当に私を殺す気で動いていたなら、貴様のその右腕が伸びきる前に、首を落としていた」と静かに、絶対的な自信を持って告げていた。
円卓の騎士と、ただの偽物。
正面から殺し合えば、まだ絶対に勝てない。その残酷なまでの実力差が、この狭い空間をヒリヒリと焼き焦がしていた。
「……勘違いをするな、鉄屑。貴様らに影鴉を差し向けたのは私ではない」
アグラヴェインが、カチンと音を立ててカップを置き、静かに口を開いた。
「あれは、私の名を騙った『ネズミ』だ。表向きは神の御使いを気取りながら、裏で魔神を崇拝し、このキャメロットを腐らせようとしている狂信者共……『聖法国神聖教団』の差し金だ」
「聖法国……!?」
エレンが驚愕の声を上げる。人類の精神的支柱であり、魔王軍と戦うための最大の同盟国ではないか。
「そうだ。奴らは魔王軍の心臓を温存したかった。だから、私の名を騙って貴様らを殺し、ついでに私に責任を被せて暗部を解体しようと企んだのだ。……極めて不愉快な盤面だ」
アグラヴェインは、冷酷な光を宿した目でアッシュを見据えた。
「だからこそ、私から貴様らに『仕事』を依頼したい。貴様らのその泥臭くやかましい火の粉は、隠れたネズミを炙り出すのに丁度いい。……私の手駒として、王都に潜む聖法国の狂信者共を焼き殺せ」
それは、かつて彼らを囮として使い捨てようとした男からの、極秘の共闘要請だった。
エレンが「ふざけないで! 私たちが貴方の言葉を信じるとでも……!」と反論しようとした、その時。
ズボッ、と。
アッシュが壁から右腕を引き抜き、大量の煤と火の粉を撒き散らしながら、アグラヴェインの対面の椅子にドカッと横柄に腰を下ろした。
「……アッシュ?」
「いいぜ。乗ってやるよ、その取引」
アッシュは、不敵な笑みを浮かべて机に足を乗せた。
気高く清らかな円卓の騎士としての誇りなど、最初から持ち合わせていない。彼はただ、泥に塗れてでもその日を生き抜き、ハッタリでこの地獄を這い上がってきた村人なのだから。
「ただし。俺たちはテメェの便利な『手駒』じゃねえ。あくまで対等の取引だ」
アッシュが、ギチギチと黒陽の右腕を鳴らしながら、アグラヴェインを真っ直ぐに指差した。
「なら、俺たちにそのネズミを焼き殺せってのか? ……で、報酬はなんだ?」
円卓の知将を相手取った、泥犬の命懸けの交渉。
アグラヴェインは、行儀悪く机に足を乗せるアッシュを見て、ふっ、と冷たく、しかしこれまでで最も「円卓の騎士」らしい、獰猛な笑みを浮かべた。
「……フン。泥臭い犬だと思っていたが、随分と図太い野犬になったものだ。良いだろう」
分厚い黒鉄の塊と、冷徹で鋭利な銀の刃。
決して相容れない二つの暴力が、王都の地下室で、新たな巨大な闇を狩るための『いびつな盟約』を結んだ瞬間だった。
第43話、お読みいただきありがとうございます。
久々に登場したアグラヴェインさん。
アグラヴェインの言うことをアッシュは素直に聞けるのか!?
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