第41話:白亜の盤面と、蠢く白影
王都キャメロット。
白亜の城の最上層にある冷え切った執務室で、円卓の知将アグラヴェインは、月明かりの下、一人でチェスの盤面を見下ろしていた。
「……ほう。旧大陸の『死の心臓』が、完全に消滅したと」
執務室の暗がり。分厚い本棚の影に溶け込むように片膝をついている密偵が、静かに報告を続ける。
「はい。観測班の報告によれば、五年ぶりに旧大陸の暗雲が晴れ、陽光が差し込んだとのこと。……あの『偽物』たちと狂犬が、魔王軍の最深部を破壊したことは間違いありません」
「大魔将の防衛線を抜け、英雄の残した火を燃え上がらせたか。……想像以上に、しぶとくやかましい熱源だったようだな」
アグラヴェインは、指先で盤上の『泥に汚れたポーンの駒』を転がし、冷たく笑った。
「しかし、アグラヴェイン卿。解せぬことが一つ」
密偵が、少しだけ声を潜める。
「卿直属の暗殺部隊『影鴉』の一部が、卿の命令を騙り、あの偽物たちを旧大陸で暗殺しようと動いた形跡があります。……当然、返り討ちに遭い全滅したようですが」
その報告を聞いても、アグラヴェインの表情は一切動かなかった。
彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ただ静かに、執務室の床に転がっている『一つの死体』に視線を向けた。
それは、つい先ほどアグラヴェイン自身が首を刎ねた、キャメロットの高位文官の死体だった。
死体の懐からは、王都の紋章ではない、奇妙な『白百合に茨を絡ませた聖印』がこぼれ落ちている。
「……私が、あの有用な偽物をこのタイミングで壊すわけがなかろう。奴らが旧大陸で派手に火の粉を撒き散らせば撒き散らすほど、王都は動きやすくなる」
アグラヴェインは、冷酷な目で死体の聖印を踏み躙った。
「表向きは神聖なる人類の味方を気取りながら、裏では魔神を崇拝し、この王都キャメロットを内部から腐らせようと企むネズミ共。……『聖法国神聖教団』。奴らめ、私の名を騙って偽物を始末し、魔王軍の心臓を守ろうとしたか」
王の命令に忠実であり、人類の生存を第一に掲げる円卓の騎士。
アグラヴェインにとって、法と王都の秩序を乱す者は、それが魔族であろうと、神の衣を羽織った人間であろうと、等しく「排除すべき害悪」でしかなかった。
「……ご苦労だったな、ネズミ共。貴様らが影鴉を動かしたおかげで、王都に潜むスパイの『大元の線』が完全に炙り出せた」
アグラヴェインは、盤上のチェスの駒を、パチンと冷たい音を立てて弾き飛ばした。
「神聖な白装束の裏で魔神に尻尾を振る、薄汚い狂信者共。……円卓の剣が届かぬとでも思ったか。根こそぎ狩り尽くしてくれる」
知将の眼鏡の奥で、氷のように冷たく、圧倒的な殺意が光る。
アッシュたちが旧大陸で泥臭い死闘を繰り広げていたその裏で、白亜の王都もまた、内なる闇に向けて静かに、しかし確実にその巨大な牙を剥き始めていた。
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白亜の王都で蠢く教団の闇。知将の冷徹な刃が、静かに振り下ろされる。
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