第40話:落日の英雄と、泥犬の大火花
「オラァァァァッ!!!」
醜悪な肉塊の谷底で、アッシュの『黒陽シリンダーVer.2』から噴き出す極太の火の粉が、泥の太陽騎士が放った極光を強引に押し返していく。
純粋な魔力の刃と、極限まで圧縮された物理的な熱量。
だが、ここは魔王軍の瘴気が渦巻く【死の心臓】。泥の騎士は足元の肉塊から無尽蔵に瘴気を吸い上げ、その出力をさらに上げようと巨大な大剣を押し込んできた。
「……アッシュ!」
無数に迫る泥の触手を白銀の細剣で斬り伏せながら、エレンが叫ぶ。
だが、アッシュは一歩も引かなかった。
極厚の黒陽装甲が、逃げ場を失った超高熱を喰らい、限界を超えて赤く、赤く発光する。
「テメェは確かにバケモノだ。……だが、所詮は泥でできた『過去の残骸』だろうがッ!!」
アッシュは、鍔迫り合いのゼロ距離から、さらに右腕の圧力を高めた。
熱で泥の剣をドロドロに溶かしながら、赤熱した己の大剣を、泥の騎士の胸元へ強引に捻り込む。
「今のガウェインは、もっと熱くて、やかましいんだよォォォッ!!」
――ドバァァァァァァァァンッ!!!!!
右腕の排気管から、最後にして最大の『大爆発』が放たれた。
超高熱の蒸気と物理的な爆風が、泥の太陽騎士を内側から破裂させる。悲鳴を上げる間もなく、ドッペルゲンガーは熱によってカラカラの「焼き物」のように硬化し、粉々に砕け散った。
「シューゥゥゥゥ……ッ」
黒煙が晴れる。
アッシュの前を遮るものは、もう何もない。
彼は荒い息を吐きながら、肉塊の中心――瘴気に侵食され、今にも消え入りそうに揺らぐ『本物の太陽の炎』の前に立った。
五年間、たった一人でこの絶望の底に留まり、世界を燃やし続けてきた孤独な炎。
その光は、アッシュのボロボロの青い外套と、泥だらけの顔を、ひどく優しく照らし出した。
「(……アンタは、本当にバケモノみたいな英雄だ)」
アッシュは、赤熱した大剣の切っ先を下げ、その消えゆく光に向けて小さく笑いかけた。
「五年間、お疲れさん。……アンタの火の始末は、俺が引き継いでおくぜ」
遥か上空。
『ガウェインの鉄靴』の甲板の縁に座り込んだモルドレッドが、眼下の谷底を見下ろしながら、酒の入ったスキットルを高く掲げた。
「ギャハハハハッ! やれェ、偽物!! テメェの一番デカい火の粉を、世界中に見せつけてやれ!!」
狂犬の最高の労いを背に受けながら。
アッシュは、右腕の装甲に残った『最後の一滴までの熱量』を、大剣に流し込んだ。
そして、そのドロドロに赤熱した大剣を、消えゆく本物の太陽の炎のド真ん中――【死の心臓】の最深部へと、渾身の力で突き立てた。
「喰らい尽くせ……!!」
ズドクンッ!! と、心臓がかつてないほどの死の恐怖に跳ね上がる。
本物の純粋な『太陽の種火』に、アッシュの規格外の熱源から放たれた『極悪な重油と圧力』が、文字通り「火に油を注ぐ」形で完全に融合した。
「『蒸気の牙』――【心臓爆破】ッ!!!!」
――カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
光と、闇と、泥と、炎。
神聖な極光と、泥臭い真っ黒な煙が混ざり合い、この世のものとは思えない「超巨大な黄金と漆黒の大爆発」が、死の心臓を内側から完全に吹き飛ばした。
極太の火柱が、旧大陸の分厚い暗雲を一直線に貫き、天空を焦がす。
何年も光が差さなかった黒い大地に、黄金の火の粉が雪のように舞い散っていく。
「……あ……」
爆風をレイピアで防いでいたエレンが、空を見上げて呆然と声を漏らした。
暗雲に空いた巨大な大穴から、細く、しかし確かな『本物の陽光』が、旧大陸の大地に差し込んできたのだ。
「ギャハハハハハッ!! 最高の花火だぜェ!!」
モルドレッドが甲板の上で腹を抱えて大笑いし、ガラムが操舵室で「やりやがった、あの馬鹿野郎……!」と義手で葉巻をへし折った。
心臓の肉塊は、跡形もなく消し飛んでいた。
その巨大なクレーターの中心。
焼け焦げた大地の上に、大剣を杖にして片膝をつき、全身からプスプスと煙を上げているアッシュの姿があった。
「……ハァッ、ハァッ……。どうだ、本物。俺の火の粉も……悪く、ねえだろ?」
アッシュが空を見上げる。
彼を照らす陽光は、もう以前のように「彼を拒絶する暴力的な本物の光」ではなかった。
それは、泥だらけの偽物が、自らの骨と泥と油で勝ち取った、暖かく、ひどく誇り高い『勝利の光』だった。
世界で一番いびつな三人の英雄による、【死の心臓】破壊作戦。
王都の陰謀すらも焼き尽くしたその泥臭い炎は、人類の歴史に、決して消えることのない強烈な爪痕を残した。
第40話、お読みいただきありがとうございます。
彼らがこの圧倒的な武功を引っ提げ、再び息の詰まる白亜の王都へと凱旋するまで、あともう少しの時間を残すのみ。
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