第39話:泥の太陽と、貴方の火の粉
ズドクンッ!! ズドクンッ!!
巨大な肉塊である【死の心臓】が、耳を劈くような異常な鼓動を鳴らす。
その中心に突き刺さった、ガウェインの魂そのものである「黄金の炎の柱」。それが瘴気に侵食され、今まさにフッと消えかかろうとしていた。
「(……待ってろよ、英雄。テメェの残した火は、俺の油で爆発させてやるッ!)」
アッシュは、数百メートル下にある肉塊の谷底へ向けて、要塞の甲板から真っ逆さまに飛び降りた。
凄まじい風圧の中、黒陽の右腕に極限まで熱を溜め込む。
だが、死の心臓もただ黙って燃やされるのを待つわけではなかった。
『ゴ……ォォォォォォ……ッ』
肉塊の表面から、おびただしい量の『紫黒い泥』が噴き出し、空中のアッシュを迎撃すべく巨大な触手となって襲いかかってきた。
空中で身動きの取れないアッシュ。
そこへ。
シュガァッ!!
アッシュの視界の横を、極細の白銀の線画が通り抜け、襲い来る泥の触手を一瞬にして細切れに斬り裂いた。
「……エレン!?」
アッシュが横を見れば、共に甲板から飛び降りてきた白銀の従騎士が、レイピアを構えて風の中を落下していた。
「一人でカッコつけるんじゃないわよ、馬鹿ボイラー! ……前だけを見なさい! 背中の泥は、私が全て斬り落とすわ!!」
「……ああ! 頼んだぜ、エレン!!」
アッシュは、極度の重圧がのしかかる絶望の谷底で、これまでで一番獰猛で、頼もしい牙を剥いて笑った。
ドズォォォォォォンッ!!!
二人が、肉塊と泥が入り混じる醜悪な谷底へと着地する。
ズドクンッ、ズドクンッ……!
だが、着地と同時に、目の前の巨大な心臓が「最も恐れる敵の姿」を模倣し始めた。
ボコボコと湧き上がった紫黒い泥が、一つの「大柄な騎士のシルエット」を形成していく。
それは、かつてこの心臓を貫いた本物の太陽――ガウェインの姿を模した、【泥の太陽騎士】だった。
「……泥でできた、ガウェイン様……!?」
エレンがレイピアを構え直す。
シルエットだけではない。泥の騎士は、手にしたドス黒い大剣を、あのガラスのクレーターで幻影が見せたのと同じ、一切の力みのない完璧な上段の構えへと持ち上げた。
「(……なるほどな。テメェも、俺と同じ『偽物』ってわけか)」
アッシュは、目の前の泥の騎士を見て、全てを理解した。
ここにある黄金の炎が、ガウェインの『魂』。
そして、あの泥まみれの辺境の村で、自分にガラティーンを託して死んだあの男は、魂をここに残したまま、五年間も肉体だけで戦い続けていた「抜け殻」だったのだ。
どれだけ底知れないバケモノなんだ、あの男は。
「テメェは確かにバケモノだ。……だが、俺はテメェから剣と名前を押し付けられた、世界で一番タチの悪い『偽物』だぜ」
アッシュの右腕、『黒陽シリンダーVer.2』が、狂ったような駆動音を立てる。
極厚の装甲の内部で、超高熱の圧力が暴れ狂い、マグマのような光脈が黒鉄の表面を走る。
泥の太陽騎士が、無音で踏み込んだ。
放たれるのは、かつて大地をガラスに変えた神聖な光ではない。周囲の生命力を全て腐らせる、極太の『泥の斬撃』。
「アッシュ!!」
「どけェッ! 泥人形!! テメェの背中にある『本物』に、俺は用があんだよォォォッ!!」
アッシュは逃げない。
右腕に溜め込んだ全ての熱量を、赤熱した大剣の先端に乗せ、泥の極光へと正面から叩き込んだ。
「『蒸気の牙』――最大排気ッ!!!」
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
醜悪な肉塊の谷底で、黄金の火の粉と極太の黒煙が、泥の斬撃と真っ向から激突する。
音もない洗練された泥の剣技を、やかましく暴走するボイラーの圧倒的な熱量が、空間ごと強引に押し返していく。
「ガラムのおっさんが作ってくれたこの右腕はな……テメェみたいな『過去の亡霊』に、押し負けるほどヤワじゃねえんだよッ!!」
アッシュの絶叫と共に、黒陽の右腕の剥き出しの排気管から、限界を超えた推進力が爆発的に噴出する。
極端な黒の泥と、目潰しのような黄金の閃光の拮抗。
偽物の太陽と、泥の太陽。
決して交わることのない二つのイミテーションが、本物の光の御前で、互いの存在を懸けた死闘を繰り広げていた。
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