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第35話:武の極致と、泥犬たちの叛逆

 ――ズシンッ。ズシンッ。


 黒く焼け焦げた大地の奥から進み出てきたのは、身の丈四メートルを超える鋼鉄の巨漢。魔王軍を統べる【大魔将】だった。


 両手に握られた巨大な双頭の戦斧が、鈍い光を放つ。

 大魔将は、大地に赤熱した大剣を突き立てて息を切らすアッシュを見下ろし、兜の奥の赤い双眸を細めた。


『……先ほどの爆発。威力は褒めてやろう。だが、ひどく泥臭く、油の悪臭がする火の粉だ』


 大魔将が、自身の極厚の胸当てをガシャンと叩く。

 そこには、分厚い鋼がドロドロに溶け、さらにその奥の肉体までが「美しいガラス状」に焼き抉られた、巨大で古い『火傷の痕』があった。


『五年前に我が胸を穿ったあの男の光は、一切の音も煙も出さず、ただ純粋な神聖さで万物を蒸発させた。……太陽の騎士を名乗るなら、あまりにも不細工な炎だな、鉄屑(ボイラー)め』


 大魔将の言葉は、アッシュの胸の奥の一番痛いところを正確に抉った。

 本物との、絶望的なまでの格の違い。それを、かつて本物と戦い生き延びた歴戦の化け物から直接突きつけられたのだ。


「……五月蝿えな。テメェらバケモノ共は、どいつもこいつもうるせえんだよ」


 アッシュが赤熱した大剣を構え直す。

 だが、彼が踏み込むよりも早く、大魔将の巨体が「スッ」とブレた。


「なッ――」


 巨体からは到底考えられない、無音で洗練された『武の歩法(ステップ)』。

 気づいた時には、大魔将の双頭の戦斧が、アッシュの胴体を両断すべく真横から薙ぎ払われていた。


 ガギィィィィィィィィンッ!!!!!


「が、ァァァァッ!?」

 アッシュは咄嗟に新しい『黒陽の右腕』を盾にしたが、その純結晶の装甲ごと、凄まじい物理的衝撃で数十メートルも弾き飛ばされ、黒い荒野を転がった。


『武の型すら成っていない。……失望したぞ、太陽の偽物』


 大魔将がトドメを刺そうと悠然と歩み寄る。

 だがその時、空から凶悪な笑い声と共に、一筋の『赤黒い雷光』が降ってきた。


「ギャハハハハッ!! 失望すんのは早えぞオッサン!! こっちの牙は極上だぜェッ!!」


 狂犬、モルドレッド。

 彼の全身から、これまでの単なる腕力とは次元の違う、禍々しくも圧倒的な『赤黒い闘気(魔力)』が血しぶきのように噴き出していた。


 円卓の騎士が持つ、真の力。

 モルドレッドは空中で体を捻り、赤黒い雷光を纏わせたギザギザの大剣を、大魔将の脳天へと真っ直ぐに叩き落とした。


「喰らいやがれッ!! 『叛逆の血雷(クラレント・ブラッド)』ッ!!!」


 ――バリバリバリバリドゴォォォォォォンッ!!!!!


 空間そのものを噛み砕くような、荒々しい破裂音。

 大魔将は双頭の戦斧を交差させてそれを防御したが、モルドレッドの一撃は戦斧の一角を強引にへし折り、大魔将の分厚い肩の装甲を深く叩き割った。


『ヌウゥゥッ……! 狂犬め、腐っても円卓の末席か!!』


 大魔将が怒号と共に残った戦斧を振り上げ、モルドレッドを空中で力任せに弾き飛ばす。


「ガハッ……!?」

 モルドレッドは血を吐きながら甲板の方へと吹き飛ばされたが、その顔には獰猛な笑みが張り付いていた。

 彼の渾身の一撃は、大魔将の絶対的な装甲に、たった一箇所だけ『致命的な亀裂』を穿っていたのだ。


「(……上等だ、狂犬ッ! テメェの開けたその穴、無駄にはしねえ!!)」


 吹き飛ばされ、泥に塗れていたアッシュが、地を這う獣のように踏み込んだ。

 大魔将の意識がモルドレッドに向いた、そのほんのコンマ一秒の隙。

 アッシュは、新しい『黒陽の右腕』の排熱弁を完全に閉じ、超高圧の熱を限界以上に圧縮しながら、大魔将の懐――モルドレッドが穿った装甲の亀裂のド真ん中へと大剣を突き入れた。


「圧縮・赤熱……ッ!!」


 純結晶の装甲が、悲鳴を上げて赤い光脈を走らせる。

 だが、今の右腕は自壊しない。アッシュの生み出す全エネルギーを、刃の先端に完璧に押さえ込んでいる。


『……チィッ! うろちょろと、目障りな鉄屑がァ!!』


 大魔将の巨大な手が、アッシュの頭部を握り潰そうと迫る。

 だが、それよりも早く、アッシュは亀裂の奥深くにねじ込んだ大剣の刃から、全ての熱と圧力を「零距離」で解放した。


「泥臭い火の粉で悪かったな……これで、少しは温まれやァァァッ!!」


 「『蒸気の牙(スチーム・ファング)』――【零距離ゼロ・最大出力】ッ!!!」


 ――ドバァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


 大魔将の装甲の内部で、超圧縮された黄金の蒸気と火の粉が大爆発を起こした。

 巨大な火柱と黒煙が、大魔将の巨体を包み込み、内部から強引に肉を焼き焦がす。


『グ、ガァァァァァァァァァァァァァッ!?』


 無音の光ではない。

 鼓膜を破るほどの爆発音と、重油と鉄錆の匂いが混ざった、極めて暴力的でやかましい『泥臭い火花』。

 その物理的な膨張と熱線の嵐が、ついに大魔将の巨体を数十メートルも後方へと吹き飛ばした。


「シューゥゥゥゥ……ッ、ハァッ、ハァッ……!」


 アッシュは、黒煙を上げる右腕をかばいながら、膝をついた。

 これ以上は無理だ。右腕の装甲は無事だが、アッシュ自身の体力が完全に底を突いている。


 煙が晴れる。

 大魔将は、上半身の装甲を半ば溶かされ、赤黒い血を流しながらも、巨大な戦斧を杖にして立ち上がっていた。

 殺しきれなかった。だが、その赤い双眸には、明確な「警戒」の色が宿っていた。


『……ハッ。太陽の傷痕を、まさか煤けた油の臭いで上書きされるとはな』


 大魔将は、溶けた胸の装甲を忌々しそうに払いのけた。


『太陽の騎士ではない。貴様はただの、やかましく吠える泥犬だ。……今日は退いてやる。だが、次は必ずそのボイラーごと貴様を握り潰してやろう』


 大魔将は、手負いの獣のような獰猛な笑みを残し、残存する軍勢と共に黒い荒野の奥へとゆっくりと撤退していった。


「……ハッ。次会う時は、テメェの首を火の粉で落としてやるよ、デカブツ」


 アッシュは強がりな悪態をつきながら、完全に限界を迎えて荒野の泥の上に大の字に倒れ込んだ。


 圧倒的な武のバケモノとの、死闘。

 結果は辛くも撃退。

 だが、偽物の英雄は、本物の太陽が残した因縁に「自分だけの泥臭い火花」を確かに刻み込み、最大のライバルとして大魔将にその存在を認めさせたのだった。

第35話、お読みいただきありがとうございます。

強大すぎる武の壁。それでもアッシュの牙は、化け物に傷を残した。


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