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第31話:泥と鎖の解放、そして黒陽の純結晶

「シューゥゥゥゥ……」


 暗闇の坑道に、細く熱い白煙が立ち上る。

 アッシュの大剣が、最後の一匹となった魔族の巨漢の胸当てを、音もなくドロリと溶かして貫いた。

 火の粉一つ、爆発音一つ立てない、極限まで圧縮された熱の暗殺劇(サイレント・キル)

 重厚な鎧の魔族たちは、誰一人として悲鳴を上げる間もなく、内側から蒸発して黒い炭のようになって転がっていた。


「……終わったぞ。怪我はねえか、アンタら」


 アッシュが、大剣を肩に担ぎながら捕虜たちを振り返る。

 鎖に繋がれ、泥と疲労で虚ろな目をしていた人間たちは、目の前で起きた静かな蹂躙劇に言葉を失っていた。


「あ、あんた……その右腕……それに、青い外套……まさか」

 鞭で打たれそうになっていた老人が、震える手でアッシュを指差す。

「死んだと噂されていた……円卓の騎士様、太陽の騎士様……なのか?」


 エレンが、スッと白銀の細剣(レイピア)を鞘に収め、気高く頷いた。

「ええ。あなたたちを絶望の底から救い出すために、王都から駆けつけました。偉大なるガウェイン様は、決して人類を見捨てません」


 その言葉に、捕虜たちがボロボロと涙を流し、泥だらけの地面に膝をついて祈り始めた。

 アッシュはバツが悪そうに鼻の頭を掻き、火傷でズキズキと痛む右腕のシリンダーをマントの影に隠した。

(……太陽の騎士、ね。俺のやってることは、暗闇でコソコソと敵を溶かすだけの泥棒稼業だっつのに)


 だが、彼らにとっては、泥臭かろうが偽物だろうが、自分たちを救ってくれた圧倒的な『希望(ひかり)』なのだ。


「騎士様。どうか、これを受け取ってくだされ」


 老人が、坑道の最深部――魔族たちが血眼になって掘り出そうとしていた岩壁の奥から、両手で抱えるほどの『一つの重い塊』を掘り出し、アッシュの前に差し出した。


「な……んだ、こりゃあ」


 アッシュがそれを受け取った瞬間、ズンッ! と肩の関節が外れそうになるほどの異常な質量に顔を歪めた。

 見た目はただの紫黒色の鉱石だ。だが、一切の光を反射せず、まるでそこだけ空間が陥没しているかのように周囲の熱と光を吸い込んでいる。


「魔族の奴らが、十年がかりで探していた『黒陽の純結晶(マテリアル)』です。どんな高熱の魔法でも決して溶けず、逆にその熱を喰らって強度を増すという、呪われた悪魔の石……」

 老人が畏れ多く震える声で告げる。


「……どんな高熱でも、絶対に溶けない……!」


 アッシュの瞳の奥で、猛烈な火花が散った。

 先ほどの戦闘で、無理やり熱を圧縮した右腕のシリンダーは、すでに限界を迎えてひしゃげ、装甲の隙間からアッシュ自身の血が垂れている。

 今のボルトと鉄屑の継ぎ接ぎでは、もう『零距離(ゼロ)』の圧縮には耐えられない。だが、この異常な質量と耐熱性を持つ純結晶があれば――!


「ギャハハハハッ!! 終わったかテメェら!! 外で逃げてきた豚共は、全部俺がミンチにしといたぜ!!」

「オラァ! さっさとズラかるぞ泥人形共!」


 坑道の入り口から、外の残敵を完全に血祭りにあげたモルドレッドと、移動要塞から駆けつけてきたガラムがドカドカと足音を立てて入ってきた。


「ん……? アッシュ、テメェが抱えてるその気色悪い石ころはなんだ」

 ガラムが、アッシュの手にある『黒陽の純結晶』を見るなり、機械の左義手をピタリと止めた。


「……ガラムのおっさん。テメェ、俺の右腕の装甲(シリンダー)、もう一回ぶっ叩き直せるか?」


 アッシュが、ギラギラと飢えた獣のような目で、狂鍛冶師を睨みつける。


「俺は、あの『本物の残滓』に届くために……いや、超えるために、もっと深く、重く、熱を圧縮しなきゃならねえ。……この石を全部溶かして、俺の右腕の新しい『(シリンダー)』にしてくれ」


 ガラムは、アッシュのひしゃげた右腕と、異常な質量を放つ黒い結晶を交互に見比べた。

 そして。

 彼のシワだらけの顔が、極悪なマッドサイエンティストのそれに歪んだ。


「……ヒッヒッヒッ! 上等だァ!! テメェの腕の骨ごと、俺の最高傑作(ニューモデル)に作り変えてやる!! 要塞に戻るぞ、徹夜で炉の火を焚けェ!!」


 泥と鎖から解放された人々の祈りを背に。

 アッシュたちは、本物の太陽の極光にも耐えうる『最強の鉄屑(第二形態)』を打ち出すため、黒の鉱山を後にする。

第31話、お読みいただきありがとうございます。

太陽の重さを実感し、さらなる高みへ。

アッシュの新たな牙が作られます。


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