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第30話:黒の鉱山と、制御された火の粉

 旧大陸の荒野を爆走していた『ガウェインの鉄靴』は、切り立った岩山の陰でその巨大な駆動音を完全に沈黙させていた。


「……見ろ。前方の岩山に穿たれた巨大な横穴。あそこが魔王軍の『魔鉱石の採掘場』だ」

 ガラムが双眼鏡を下ろし、忌々しそうに葉巻を噛みちぎる。


 岩山の入り口には、分厚い鋼の鎧を着込んだ魔族の歩兵たちが巡回し、その奥の薄暗い坑道からは、カァン、カァンという虚ろなツルハシの音と、錆びた鎖が擦れる音が響いていた。

「十年前の防衛戦で捕まった人間の生き残りや、旧大陸に取り残された連中が、奴隷として強制労働させられてるんだろうぜ」


「人質がいるなら、この要塞の砲撃で一網打尽……というわけにはいきませんね」

 エレンが白銀の細剣(レイピア)を鞘から少しだけ引き抜き、冷たい視線で坑道を見据える。


「あァ!? まどろっこしい! 俺が正面から突っ込んで、魔族だけぶつ切りにしてくりゃいいんだろ!」

 モルドレッドがギザギザの大剣を肩に担いで立ち上がるが、その後ろ襟を、煤で顔を汚したアッシュがガシッと掴んで引き留めた。


「待て、狂犬。テメェが暴れりゃ坑道が落盤して、中の人間が全員生き埋めだ」

「あン? じゃあどうすんだよ」


「俺とエレンで、暗闇に紛れて潜入する。……テメェは、俺たちの合図があるまでここで待機だ。外に逃げてきた魔族の残党は、全部テメェにくれてやる」


 その提案に、モルドレッドは「チッ」と舌打ちしながらも大剣を下ろした。彼も馬鹿ではない。自分が狭い場所での人質救出に向いていないことくらいは本能で理解している。


 だが、エレンは少しだけ驚いたようにアッシュを見上げた。

「アッシュ。潜入と暗殺なら私の剣の領分だけど、貴方のそのやかましい『右腕』でゲリラ戦ができるの? 少しでも火の粉を吹けば、暗闇の坑道では一瞬で的になるわよ」


 アッシュは、火傷の痕が痛々しい右腕の『黒陽シリンダー』を見下ろし、ギリッと拳を握りしめた。

 脳裏に焼き付いているのは、あのガラスのクレーターで見た、本物のガウェインの「煙一つ、音一つ出さずに万物を溶かす絶対的な光」。


「……やるしかねえんだよ。いつまでも、力任せに爆発させてるだけの『歩く鉄屑(ボイラー)』じゃ、あの幻影のこりカスにすら届かねえからな」


 その瞳に宿る、ヒリヒリとした強烈な渇望。

 エレンはそれ以上何も言わず、「……足手まといになったら置いていくわよ」とだけ薄く笑い、二人は岩山の影へと姿を消した。


 ――坑道の最深部。

 紫黒く発光する魔鉱石の不気味な明かりの中、泥と汗にまみれた数十人の人間たちが、鎖に繋がれてツルハシを振るっていた。


「動けェ! 貴様ら下等生物の命など、この石ころ一つの価値もないわ!」

 鋼の重装甲に身を包んだ巨漢の魔族(オークの番兵)が、太い鞭を振るう。

 その鞭が、疲労で倒れ込んだ老人の背中を無慈悲に裂こうとした――その瞬間。


 シュガァッ!!


 闇の中から伸びた極細の白銀の線画(レイピアの軌道)が、魔族の鞭を持つ手首を、音もなく正確に貫き、切断した。


「ギガァッ!?」

「静かにしなさい、豚。貴様の薄汚い血で、剣が錆びるわ」


 氷のように冷たい声と共に、闇からエレンが姿を現す。

 さらに奥から、別の魔族の番兵たちが「侵入者だ!!」と巨大な戦斧を構えて殺到してくる。


「(……来るぞ。だが、ここは狭い坑道。俺がいつものように『蒸気の牙(スチーム・ファング)』を放てば、熱の爆発と衝撃波で、後ろの捕虜たちごとミンチになっちまう)」


 アッシュは、駆け込んでくる重装甲の魔族たちを前にして、深く、静かに息を吸い込んだ。

 大剣を構え、右腕の排熱弁を……『完全に』閉じる。


「……漏らすな。抑え込め。あの太陽の光みたいに……一切の無駄なく、熱を『芯』に閉じ込めろッ!!」


 ギチギチギチッ!! と、圧力を逃がす場所を失ったシリンダーが、内部から爆発しそうなほどの悲鳴を上げる。骨が軋み、籠手の隙間から血が滲む。

 だがアッシュは、以前のように熱に振り回されはしなかった。

 極限まで圧縮された超高圧の蒸気を、ただひたすらに、大剣の『刃の表面の数ミリ』だけに薄く、高密度に定着させる。


「死ねェ、人間のゴミが!!」

 魔族の重厚な戦斧が、アッシュの脳天めがけて振り下ろされる。


 アッシュは、爆発的な踏み込みではなく、エレンに叩き込まれた『静かな歩法』でその一撃を紙一重で躱し、魔族の鋼の鎧の隙間へと、真っ赤に熱を帯びた大剣を滑り込ませた。


「圧縮・排熱……!」


 爆発はさせない。

 刃が敵の肉に触れた、その一点でのみ、極小の熱を解放する。


 「『蒸気の牙(スチーム・ファング)』――【零距離(ゼロ)】」


 ――ジュウウウウウウゥゥゥゥゥゥッ!!!!!


 轟音は響かない。火の粉も散らない。

 ただ、アッシュの大剣が触れた魔族の重装甲が、まるで熱したナイフでバターを切るように、ドロリと音もなく溶け落ちた。

 そして、内部の肉体だけが、極限まで圧縮された熱量によって一瞬で内側から「蒸発」し、崩れ落ちた。


「な……!?」

 生き残った魔族たちが、音もなく仲間が溶かされた光景に絶望的な恐怖を覚え、後ずさる。


「シューゥゥゥゥ……ッ」


 アッシュの大剣から、細く、しかしとてつもなく熱い一筋の白煙が上がる。

 周囲の岩肌を一切傷つけず、捕虜たちに熱風を当てることもない、完全に「殺傷力だけを一点にコントロールした」一撃。


 本物の太陽の光には、まだ程遠い。

 それでも、泥臭い鉄屑は、確かな意志の力でその圧倒的な熱を『支配』し始めていた。


「……悪くねえ。これなら、落盤の心配はないな」


 アッシュは、驚愕に目を見開くエレンと捕虜たちを背に、暗闇の坑道で獰猛な牙を剥く。

 一切の火の粉を散らさない、極めて静かで暴力的な制圧劇。だが、この黒の鉱山の奥底には、彼らの熱をさらに高みへと押し上げる『呪われた純結晶』が、静かにその時を待っていた。

第30話、お読みいただきありがとうございます。

ただ暴れるだけじゃない、護るために熱を支配したアッシュの新たな一撃。


少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。

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