第29話:届かない極光と、泥犬の渇望
音のない世界だった。
本物のガウェインの残留魔力が生み出した『黄金の幻影』が、大剣を上段に振りかぶる。
その剣先に収束していく巨大な光球は、周囲のガラスの大地をドロドロに溶かし、大気を原子レベルで震わせていた。
「(……熱ィ。近づくだけで、肺が焼け焦げそうだッ)」
アッシュは、全身の皮膚がジリジリと焼ける激痛に耐えながら、右腕の『黒陽シリンダー』の排熱弁を全開にした。
敵は、かつて三万の魔王軍を消し飛ばした『陽光の聖剣』の残滓。
まともに打ち合えば、自分の放つ蒸気ごと、骨の髄まで蒸発させられるのは明白だった。
だが、アッシュは逃げない。
極限まで圧縮した黄金の火の粉を籠手に滾らせ、正面からその絶対的な光へと踏み込もうとした――その瞬間。
「――チマチマと光ってんじゃねえぞ、テメェらァッ!!!」
遥か後方、移動要塞の甲板から、隕石のような速度で跳躍してきた『凶悪な質量』があった。
モルドレッドだ。
彼は、アッシュを助けるためではない。ただ純粋に「一番美味そうな獲物」を前にして、我慢の限界を迎えたのだ。
「ギャハハハハッ!! 眩しすぎて目障りなんだよォ!!」
モルドレッドは、幻影に向かって剣を振らなかった。
彼は空中で体を捻り、ギザギザの大剣を、幻影の足元にある『ガラスの大地』へ向けて、渾身の力で叩きつけた。
ガギィィィィィィィィィンッ!!!!!
五年間、魔物一匹寄せ付けなかった美しいガラスのすり鉢に、巨大な亀裂が走る。
モルドレッドの純度百パーセントの「物理的な暴力」が、厚さ数十メートルのガラスの地盤を強引に粉砕し、クレーターの中心部を陥没させたのだ。
「……ッ!」
音なき幻影の体勢が、足場を失って大きく崩れる。
それに伴い、放たれた『陽光の聖剣』の極太の光の奔流が、アッシュの真正面から「わずかに上」へと軌道を逸らした。
――カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
アッシュの頭上スレスレを、無音の極光が通り抜けていく。
ただ掠っただけ。それだけでアッシュの青い外套は一瞬で灰と化し、左肩の装甲が飴細工のようにドロドロに溶け落ちた。
だが、射線は逸れた。
幻影の胸元――光の核となっている『焼け焦げた剣の柄』が、完全に無防備に晒されている。
「上等だ、狂犬ッ!! その隙、貰ったぜェェェッ!!」
アッシュは、溶けかかった左肩の激痛を無視し、ガラスの破片が舞い散る中を弾丸のように駆け抜けた。
幻影が体勢を立て直すよりも早く、その光の懐へと潜り込む。
「喰らいやがれ……本物の代役の、泥臭い火花をよォッ!!」
アッシュは、右腕に溜め込んだ全ての熱量を、大剣の先端に乗せて『剣の柄』へと突き込んだ。
「『蒸気の牙』ッ!!!」
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ガラスのクレーターの中心で、黒煙と黄金の火の粉が爆発的に弾け飛ぶ。
泥と油、そして力任せの圧力が生み出した極太の蒸気が、幻影の核となっていた剣の柄を、物理的に「粉砕」した。
核を失った幻影は、音もなくパラパラと光の粒子となって崩れ落ち、やがて虚空へと溶けて消えていった。
「シューゥゥゥゥ……ッ」
後に残ったのは、ひび割れたガラスの大地と、全身から白煙を上げて膝をつくアッシュ。
そして、大剣を肩に担いで大笑いしているモルドレッドだけだった。
「ギャハハハハッ!! 最高だ! あの馬鹿げた光をぶっ壊すのは、骨が折れるぜ!!」
モルドレッドの言う通り、アッシュは一人では絶対に死んでいた。
足場を崩すというモルドレッドの理不尽な暴力のお膳立てがあって、初めて自分の『スチーム・ファング』が届いたのだ。
エレンが息を切らして駆け寄り、アッシュの溶けた左肩に冷却液をかける。
「……無茶苦茶よ、貴様ら。でも、よくあの光を凌いだわ。さすが私の――」
「……エレン」
アッシュは、立ち上がろうともせず、ただ自分の右腕――ボルトが外れ、真っ黒に焼け焦げて悲鳴を上げている『鉄屑』を、ギリッと強く握りしめていた。
その声は、かつてないほど低く、震えていた。
「俺は……クソ弱えな」
「アッシュ……?」
「あの幻影……ただの『残りカス』だった。本物が残した、五年前の残りカスだ。……なのに俺は、モルドレッドが足場を砕いてくれなきゃ、一歩も近づけずに蒸発してた」
アッシュの脳裏に、ランスロットの静かな声が蘇る。
『以前の太陽のような気高さはない』。
雪山で突きつけられたその言葉の重さが、今なら骨の髄まで理解できる。自分は、あの気高い太陽の足元にも及ばない、泥水をすするだけの偽物だ。
アッシュは、砕け散った剣の柄の残骸を拾い上げ、ボロボロの右腕の籠手に強く押し当てた。
火傷の痛みが走るが、彼はその痛みから逃げるように顔を背けたりはしなかった。
「……いつか」
煤で汚れた前髪の奥。
アッシュの瞳に宿っていたのは、絶望でも卑屈さでもない。
猛烈な飢餓感と、自身の無力さに対する『圧倒的な悔しさ』だった。
「いつか必ず……誰の手も借りずに、俺一人の熱だけで、あの馬鹿げた光を越えてやる。……ハッタリじゃねえ。俺が、あの太陽の(ガウェインの)高みに届くまで、絶対にこの右腕は止めねえ」
美しいガラスの大地の上で。
泥に塗れた偽りの英雄は、自分自身に対する激しい怒りと悔しさを燃料にして、真の『最強』へ至るための覚悟を燃やし直す。
だが、彼らがその決意を胸に前へと進む先には、さらなる絶望の影――魔王軍の過酷な強制労働所(黒の鉱山)が、不気味な口を開けて待ち受けていた。
第29話、お読みいただきありがとうございます。
偽物であることを思い知らされるほどの、圧倒的な力の差。
この悔しさがアッシュを強くする。
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