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第28話:太陽の残滓と、火の粉の咆哮

 ガラスの大地の上で、アッシュが新たな誓いを立てた、その直後だった。


 ――カァァァァァァッ……!!


 背後で弾けた圧倒的な気配に、アッシュとエレンは同時に振り返った。

 ガラスのクレーターの中心。魔獣の黒い骨に突き立てられていた『焼け焦げた剣の柄』が、突如として脈打つように、目も眩むような黄金の光を放ち始めたのだ。


「なッ……なんだ!?」

 アッシュが咄嗟に大剣を構え、エレンが白銀の細剣(レイピア)を抜く。

 遠くで停泊している要塞の甲板からも、モルドレッドが「おッ、なんか面白そうなモンが光り出したぞ!」と身を乗り出すのが見えた。


 剣の柄から溢れ出した黄金の魔力は、足元のガラスの大地をドロドロに溶かしながら、ゆっくりと一つの『人の形』を成していく。

 それは、顔を持たなかった。

 ただ純粋な光と熱だけで構成された、大柄な騎士のシルエット。

 だが、その立ち姿、その圧倒的で暴力的なまでに澄み切った魔力の波動は、エレンの胃を鷲掴みにするほど見覚えのあるものだった。


「嘘……あの方の、残留魔力(ざんし)……!? この大地をガラスに変えた凄まじい熱が、防衛本能で『幻影(ファントム)』を生み出したというの!」

 エレンが悲鳴のように叫ぶ。


 幻影は、音もなくアッシュの方へ顔を向けた。

 アッシュの右腕『黒陽シリンダー』から漏れる、重油と鉄錆の匂い。純粋な太陽の魔力からすれば、それは完全に「排除すべき不純物」でしかない。


 幻影が、光で形作られた大剣を、無造作に、一切の力みもなく振り上げる。


「(……来るッ!)」


 アッシュは咄嗟に、右腕の排熱弁を全開にして『蒸気の牙(スチーム・ファング)』の構えをとった。

 だが。


 ――シュパァァァァァンッ!!


 駆動音も、排気音も、爆発音もなかった。

 ただ、幻影が剣を振り下ろしたという『事実』だけが、音を置き去りにして空間を薙ぎ払った。


「が、ァァァァァッ!?」


 アッシュの巨体が、見えない光の衝撃波によって吹き飛ばされる。

 咄嗟に極厚の大剣を盾にしたが、その黒鉄の刃が、まるで飴細工のようにドロリと真っ赤に溶けかかっていた。


「アッシュ!!」

 エレンが駆け寄るが、アッシュはガラスの大地を数十メートルも削りながら転がり、なんとか膝をついて立ち止まった。


「ハァッ……ハァッ……!」


 痛い。いや、違う。

 骨が軋むほどの「重さ」がない。モルドレッドの暴力や、ネクロの大鎌のような物理的な質感が一切ないのだ。

 ただ純粋に、息が詰まるほどの『熱』。

 シリンダーで無理やり圧力を高めた自分の蒸気などとは次元が違う、触れた端から万物を原子レベルで蒸発させていくような、圧倒的で絶対的な『本物の太陽の熱』だった。


「……冗談だろ。これが、本物のガウェインの『素振り(ただの一撃)』だってのか……ッ!」


 アッシュは、火傷を負って皮膚が焼け焦げた右腕を押さえながら、脂汗にまみれた顔を歪めた。


 音もなく、排気ガスも出さず、ただ存在するだけで周囲を圧倒する無音の暴力。

 これが、人類最後の希望。これが、自分が演じなければならない男の、本当の背中。

 肌で実感したその力の差は、あまりにも絶望的だった。


 幻影が、再び光の大剣を構える。

 今度はただの素振りではない。剣の先端に、周囲のガラスの大地を溶かしながら、巨大な光球が収束していく。かつて三万の魔王軍を消し飛ばした、あの『陽光の聖剣(ガラティーン・ノヴァ)』の構え。


「逃げて、アッシュ!! あの熱量は防げないわ!!」

 エレンの悲鳴がガラスのすり鉢に響く。


 だが、アッシュは逃げなかった。

 彼は溶けかかった自分の大剣をガラスの大地に突き立て、ゆっくりと立ち上がった。


「……逃げるかよ。ここで背中を見せたら、俺はただの『ビビりの偽物』に逆戻りだ」


 アッシュの右腕、『黒陽シリンダー』がギリギリと狂ったような駆動音を立て始める。

 敵は、煙一つ出さない純白の光。

 対する自分は、黒煙と火の粉を撒き散らし、骨を軋ませて這いずるボイラー。


「本物の太陽がなんだってんだ。……泥塗れの『鉄屑』がどれだけやかましいか、テメェのその綺麗な光に刻み込んでやるよォッ!!」


 圧倒的な本物の幻影を前に、アッシュは恐怖を歓喜の笑みに変える。

 極限まで圧縮した黄金の蒸気を右腕に(たぎ)らせ、本物と偽物のあまりにも無謀で絶望的な激突へと、アッシュは泥まみれのブーツを強く踏み込んだ。

第28話、お読みいただきありがとうございます。

太陽には、まだ届かない――。


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