第27話:太陽の残滓と、泥の上の誓い
『ガウェインの鉄靴』が、突如としてブレーキをかけ、重苦しい駆動音と共に停止した。
「おい、どうしたガラムのおっさん! 機関停止か?」
甲板から身を乗り出したアッシュが叫ぶ。だが、操舵室から出てきたガラムは何も言わず、ただ前方の景色を顎でしゃくった。
「……嘘でしょ。ここ、旧大陸のド真ん中よ」
エレンが息を呑み、絶句する。モルドレッドすらも、目を丸くして大剣を肩から下ろした。
彼らの目の前に広がっていたのは、黒く荒涼とした泥の大地ではなかった。
直径数キロメートルに及ぶ、巨大で、あまりにも美しく透き通った『ガラスのすり鉢』だった。
曇天のわずかな光を反射し、虹色に煌めくその巨大な陥没地帯。泥も、毒沼も、魔物の死骸も、そこには一切存在しない。ただ純粋な高熱によって大地そのものが一瞬で溶かされ、急速に冷却されて生まれた「暴力的なまでの美しさ」だけがあった。
「……五年前の大規模防衛戦の跡地だ」
ガラムが、義手で煙草に火をつけながら静かに口を開いた。
「当時の魔王軍の主力部隊、約三万。それを……本物のガウェインが、たった一振りの『聖剣の光』で大地ごと蒸発させた場所だ。強すぎる熱で大地がガラス化しちまって、五年経った今でも魔物一匹寄り付かねえ」
一切の不純物がない、滑らかで美しいガラスのクレーター。
アッシュは、無意識のうちに自分の右腕――泥と油にまみれ、ボルトで強引に継ぎ接ぎされた『黒陽シリンダー』を見下ろした。
自分が骨を軋ませ、命を削ってようやく出せる『蒸気の牙』。
それがどれほど滑稽で、ちっぽけな火花であるかを、目の前の「景色そのもの」が残酷なまでに証明していた。本物の太陽は、こんなにも美しく、圧倒的だったのだ。
「……」
アッシュは無言のまま甲板から飛び降り、ツルツルとしたガラスの大地の上に立った。
滑らかな地面に、自分のボロボロの姿が反射している。
クレーターの中心には、かつての戦いで溶け残った巨大な魔獣の黒い骨が、まるで墓標のように突き刺さっていた。そしてその骨の根元には、一本の『焼け焦げた美しい剣の柄』が、今も誰を待つでもなく静かに突き立てられている。
本物のガウェインが、かつての戦友を弔うために残した遺物だった。
「……エレン。お前が仕えた男は、やっぱりとんでもねえ化け物だな」
アッシュが、自嘲気味に笑って振り返る。
エレンは何も言わず、ただ静かにガラスの大地を歩き、アッシュの隣に並んだ。
「この景色に比べりゃ、俺の右腕なんてただの汚え鉄屑だ。……ランスロットの野郎が、俺の炎を『痛々しい火の粉』だって言った理由が、今なら痛いほど分かるぜ」
圧倒的な本物のスケールを前に、アッシュの泥臭い背中がわずかに小さく見えた。
だが。
ガキンッ!!
エレンが、白銀の細剣の柄で、アッシュの右腕の『黒陽シリンダー』を容赦なく強打した。
「いッてえ!? 何すんだお前!」
「……うじうじと落ち込む暇があるなら、排熱弁の掃除でもしなさい、このバカ」
エレンは、ガラスの大地など一切見ず、ただ真っ直ぐにアッシュの泥だらけの顔を睨みつけていた。
「確かに、あの方は本物の太陽だったわ。……でも、私の胃に穴を開けるほど無茶苦茶で、泥水を啜ってでも敵の喉笛に食らいつく『悪足掻き』を教えてくれたのは、あの方じゃない。貴方よ、アッシュ」
その言葉に、アッシュは目を見開いた。
「この美しい景色が、今の私たちを魔王軍から守ってくれる? 違うわ。私たちを王都の謀略から救い出し、あの毒沼を吹き飛ばしたのは……貴方のその、汚くて、泥臭くて、最高にやかましい『鉄屑』よ」
エレンが、アッシュの胸ぐらを軽く小突く。
「……胸を張りなさい、私の騎士様。貴方は偽物かもしれないけれど、私が背中を預けた『本物の戦友』なのだから」
美しいガラスの反射光の中。
泥だらけの偽物は、少しだけ呆れたように目を伏せ、やがて、その右腕の排熱弁から「プシュゥッ」と小さく、だが確かな熱を帯びた蒸気を噴き出した。
「……全くだ。お前の言う通りだな、エレン」
アッシュは顔を上げ、かつての英雄が残した墓標(剣の柄)を真っ直ぐに見据える。
本物の真似はできない。この美しい景色を再現することもできない。
だが、この泥だらけの鉄屑で、あの太陽の「代わり」を最後まで演じ切ってやる。
ガラスの大地の上で、偽物の英雄は再び獰猛な牙を剥き、静かに、しかし熱く己の覚悟を燃やし直した。
――だが、その誓いに呼応するかのように。クレーターの中心に突き立てられていた『焼け焦げた剣の柄』が、突如として脈打つように、圧倒的な黄金の光を放ち始めたことに、二人はまだ気づいていなかった。
第27話、お読みいただきありがとうございます。
2人なら、きっと太陽にだって届く。
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