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第26話:鉄屑の焚き火と、いびつな三人の食卓

 紫黒色の引火性ガスが充満する『腐海の森』を強行突破した巨大移動要塞『ガウェインの鉄靴』は、魔王軍の支配域である荒涼とした黒い大地を、キャタピラを鳴らして着実に進んでいた。


 夜。

 吹きすさぶ冷たい風を避けるため、甲板の一角に置かれたドラム缶のストーブの周りに、ボロボロになった三人が集まっていた。


「……いででででッ!! ガラムのおっさん、もっと優しくボルトを締めろ! 骨が軋むッ!」

「馬鹿野郎、テメェが上空で阿呆みたいに圧力をかけるから、シリンダーの基部が歪んでんだよ! 痛えなら酒でも飲んで麻痺させとけ!」


 上半身裸になったアッシュが、右腕の『黒陽シリンダー』のメンテナンスを受けながら脂汗を流している。

 狂鍛冶師ガラムが容赦なく巨大なスパナでボルトを締め直すたび、アッシュの悲鳴と鈍い金属音が夜の荒野に響いた。


 その横では、左肩を粉砕されたはずの狂犬が、信じられない光景を繰り広げていた。


「ギャハハッ! 痛え痛えって、アンタ女みてえに喚くなァ! ほら見ろ、肩なんてこうすりゃ治るんだよ!」


 ゴキッ、バキィッ!!


「ヒィッ!?」

 エレンが思わず悲鳴を上げる。

 モルドレッドは、ボールスの鉄槌で外れかけていた自分の左肩の関節を、右手で強引に殴りつけて「物理的にハメ直し」たのだ。そして何事もなかったかのように、ドラム缶の上で焼かれていた『旧大陸の魔獣の巨大な骨付き肉』にガブリと噛みついた。


「……あなたたち、本当に人間ですか」


 ドラム缶の向かい側。エレンが、頭を抱えて深々と溜め息をついていた。

 彼女の白銀の軽鎧も泥と毒沼の飛沫で汚れ、いつもは完璧に整えられている銀糸の髪も、今はボサボサに乱れている。だが、ドラム缶の炎に照らされた彼女の横顔には、王都にいた頃のような「張り詰めた胃痛の線画」ではなく、どこか毒気を抜かれたような柔らかさがあった。


「あン? 小娘、テメェも食うか? この肉、泥臭えけど噛めば噛むほど血の味がして美味えぞ」

「……結構です。私はガラム殿からいただいた携行食糧(固パン)で十分よ。そんな出所不明の獣の肉なんて……」


「まあそう言うなよ、エレン。今日はお前の『完璧なお膳立て(アシスト)』がなきゃ、俺たちはあの毒沼で仲良く爆発して蒸発してたんだ。ほら、一番焼けてる所だ」


 アッシュが、メンテナンスを終えて黒光りする右腕をぶら下げながら、小刀で切り分けた肉の塊をエレンの前に差し出した。

 アッシュの顔は煤と油で真っ黒だが、その瞳には、かつての「偽物としての卑屈さ」はない。命を預け合った戦友(パートナー)に向ける、不器用だが真っ直ぐな光があった。


 エレンは少しだけ目を丸くし、やがてフッと吹き出した。


「……本当に、野蛮人ね。せめて取り皿くらい使いなさい」


 エレンは呆れたように言いながらも、アッシュから肉を受け取り、小さく口に運んだ。

「……硬いわ。それに、鉄錆の味がする」

「そりゃ俺の大剣で切ったからな」

「ギャハハハッ! 違いねえ!」


 ドラム缶の炎が、パチパチとはぜる。

 王都の息苦しい大理石の部屋では、決してあり得なかった光景。

 身分も、戦う理由すらも違う。それでも、死線の泥沼を共に笑って潜り抜けたこの「いびつな三人」の間には、確かな熱と、奇妙な連帯感が生まれていた。


「……なぁ、アッシュ」


 肉を骨ごと噛み砕きながら、モルドレッドがふと、三白眼をドラム缶の炎に向けた。


「アンタ、あの時……俺が空に向かってフルスイングするって、なんで分かったんだ?」


 その問いに、アッシュは首のタオルで汗と油を拭いながら、鼻で笑った。


「決まってんだろ。テメェが一番『頭の悪い力技』を選ぶって、俺が一番よく知ってるからだ。……それに、あの毒沼のガスを避けるには、上に逃げるしかねえってな」


「ギャハハッ! そりゃそうだ!!」


 モルドレッドが大口を開けて笑い、アッシュも釣られて低い笑い声を漏らす。

 エレンは「……頭が痛いわ。この馬鹿二人の思考がシンクロし始めているなんて」と額を押さえたが、その口元は微かに緩んでいた。


 偽りの太陽騎士と、胃痛持ちの従騎士、そして叛逆の狂犬。

 果てしない魔王軍の支配域を征く鋼鉄の移動要塞の上で、三人はひとときの泥臭くも温かい休息の夜を過ごす。


 だが、ここは人類の生存圏を遥かに越えた、旧大陸の最深部。

 和やかな焚き火の炎の向こう、絶対的な闇に包まれた荒野の先から。彼らのこのささやかな安息を文字通り「物理的に」粉砕する、規格外の絶望の足音が近づいていることに、彼らはまだ気づいていなかった。

第26話、お読みいただきありがとうございます。


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