第24話:屍姫ネクロと、泥濘の剛腕ボールス
「……さあ、ボールス様。あのお行儀の悪いワンちゃんを、ペチャンコにしてさしあげて?」
屍姫が、血と脂のこびりついた巨大な大鎌を、まるで指揮棒のように優雅に振るう。
ゴボォォォォッ!!
紫黒色の毒沼が爆発し、かつて円卓の第四騎士であった巨漢の亡骸――剛腕のボールスが、赤錆だらけの巨大な鉄槌を片手で軽々と振り上げた。
「ギャハハハハッ!! 来いよデカブツ!! テメェのサビ落としをしてやらァ!!」
要塞の甲板から跳躍したモルドレッドが、空中でギザギザの大剣を容赦なく振り下ろす。
だが、ボールスは痛覚を持たない死体だ。防御すら避けず、モルドレッドの凶悪な一撃を肩の分厚い装甲で直接受け止めながら、そのまま鉄槌を横薙ぎに一閃した。
ガギィィィィィィィンッ!!!!
「ぐッ……ォォォ!?」
空中で体勢を崩したモルドレッドが、巨大な鉄塊に真正面から弾き飛ばされ、毒沼の泥の上を水切りのようにバウンドしていく。
あの狂犬の規格外の暴力を、ただ純粋な『腕力』だけで完全に押し返したのだ。
「モルドレッド!? ……なんてデタラメな腕力なの」
エレンがレイピアを構え、元凶であるネクロの首を取るべく甲板から飛び降りようとした、その時。
「よそ見は駄目よ、銀色の騎士様」
フワリ、と。
重力など存在しないかのように、ネクロが移動要塞『ガウェインの鉄靴』の煙突の上に音もなく舞い降りていた。
その細く繊細な腕が、身の丈の倍はある巨大な大鎌を、コマのように軽々と回転させる。
「あなたのその綺麗な顔……剥製にしたら、絶対に可愛いわ!」
「ッ……狂人が!!」
エレンが目にも留まらぬ連続刺突を放つが、ネクロは巨大な大鎌の柄を盾にしてそれを難なく弾き、そのまま強烈な遠心力を乗せてエレンの胴体を薙ぎ払いにくる。
重すぎる。華奢な線画のような少女から繰り出されているとは到底思えない、理不尽なまでの暴力的な質量。
エレンはレイピアの腹で辛うじて受け流したが、その衝撃だけで甲板を数メートルも滑らされた。
「クソッ……エレン、一旦下がれ! 俺がアイツごと熱で吹き飛ばす!!」
アッシュが右腕の『黒陽シリンダー』をギリギリと鳴らし、大剣に黄金の蒸気を溜め込もうと大きく踏み込んだ。
ここまでの道中で完成させた、一撃必殺の『蒸気の牙』。これをネクロかボールスに叩き込めば、確実に状況をひっくり返せる。
排熱弁が開き、最初の火の粉が散った――瞬間。
『馬鹿野郎アッシュ!! 排熱を止めろォッ!!』
操舵室にいたガラムが、血相を変えて拡声器で怒鳴り散らした。
『そこの沼からボコボコ湧いてる紫色の泡は、超高濃度の【引火性ガス】だ!! テメェのそのイカれた火の粉を散らしてみろ、この辺り一帯が要塞ごと大爆発して木っ端微塵だぞ!!』
「……は!?」
アッシュの背筋に、氷水がぶっかけられた。
彼は咄嗟に、開きかけた排熱弁を自らの左手で乱暴に叩き閉じる。
プシュゥゥゥ……ッ!!
行き場を失った超高熱の蒸気が籠手の中でくすぶり、アッシュの右腕の骨が「ミシミシッ!」と嫌な音を立てて悲鳴を上げた。
肉が内側から焼ける激痛に、視界が白く明滅する。
「……あははっ! 残念ね、偽物の太陽さん。ここは私の、冷たくて暗いお庭なの」
ネクロが煙突の上で、三日月のようにつり上がった笑みを浮かべる。
下を見れば、泥まみれになったモルドレッドが、ボールスの圧倒的な腕力にジリジリと押され始めている。
上を見れば、大鎌を構えた狂気の屍姫が、エレンを執拗に狙い続けている。
そして。
アッシュの最大の武器であり、理不尽を強引に覆ってきた『熱と蒸気』は、引火の危険性から完全に封じられてしまった。
(……最悪だ。火を噴けないボイラーなんて、ただの重てえ鉄屑じゃねえかッ!)
アッシュは、熱を放つことを許されない右腕の激痛に歯を食いしばりながら、毒の泥濘で狂ったように踊る屍姫を睨みつけた。
王都の理路整然とした裁判とは全く違う、ルール無用の泥沼の死闘。
頼みの綱をもがれ、文字通り手足を縛られたような状態のアッシュ。
だが、その眼光から泥犬の闘志が消えることはない。彼は骨が軋む右腕を強引に持ち上げ、大剣を握り直す。火が噴けないなら、純粋な『鉄の質量』でこの盤面を叩き割るしかない。
熱を失った偽物の太陽による、血反吐を吐くような物理戦の悪あがきが、今まさに始まろうとしていた。
第24話、お読みいただきありがとうございます。
ステージギミックがある戦いは定番だよね。
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