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第23話:腐海の屍姫と、泥濘のワルツ

 廃墟都市を抜けた『ガウェインの鉄靴』は、空の色すら淀む猛毒の湿地帯――【腐海の森(ふかいのもり)】へと突入した。


 ボコボコと不気味な泡を立てる紫黒色の泥沼。要塞の巨大なキャタピラが泥を跳ね上げながら進むが、突如としてその駆動音が「ギガガガッ……!」と悲鳴を上げて、完全に停止した。


「おいガラムのおっさん! 機関停止(エンスト)か!?」

 アッシュが煙突の横から声を張り上げる。


「馬鹿野郎、違う! 沼の泥が勝手に盛り上がって、キャタピラに絡みついてきやがったんだ! こりゃあ……ただの泥じゃねェ、『死者の怨念(ヘドロ)』だ!」


 ガラムの怒声と同時に。

 要塞の周囲を取り囲む広大な毒沼が、まるで一つの巨大な生き物のようにうねり始めた。

 そして、泥の中から『それ』は音もなく浮上してきた。


「――あーあ、せっかく静かに眠っていたのに。無粋な鉄の塊で、私のお庭を荒らさないでくれる?」


 甘ったるく、どこか狂気を孕んだ鈴が転がるような声。

 アッシュたちが甲板から見下ろした先。紫黒色の毒沼の上に、泥に汚れたボロボロのゴシックドレスを纏う、一人の美少女が立っていた。

 透けるように白い肌。月光の糸で紡いだような銀色の髪。

 この荒みきった死地に全くそぐわない、ガラス細工のように儚く美しい姿だった。


 だが。彼女の細い腕には、その華奢な体格を完全に無視した、錆びつき、おびただしい血と脂がこびりついた『巨大な大鎌』が握られていた。


「魔王軍の幹部……! なんておぞましい魔力なの」

 エレンが白銀の細剣レイピアを抜き、顔を強張らせる。


「フフッ……良い顔。あなたたち、すごく美味しそうな絶望(エサ)の匂いがするわ。私の『お気に入り』のコレクションに加えてあげる」


 少女――屍姫(ネクロ)がクスクスと笑いながら、巨大な大鎌を毒沼に突き立てた。


「起きて。私の大好きな『鉄の騎士様』」


 ゴボババババァァァッ!!!


 少女の背後の沼が爆発するように吹き飛び、中から巨大な泥の飛沫と共に『巨大な鉄塊』が立ち上がった。

 それは、かつて人間であったモノ。

 身の丈三メートル近い異常な巨躯。重厚な鋼の全身鎧は錆びと泥に覆われているが、その胸元には、間違いなく王都キャメロットの『円卓の紋章』が刻まれていた。


「……嘘、でしょ」


 甲板の上。

 エレンの顔から、一瞬にして全ての血の気が引いた。


「……ボールス卿……!?」


 震える声。

 五年前の『大侵攻』で、本物のガウェインを逃がすために殿(しんがり)を務め、立ったまま戦死した円卓の第四騎士。剛腕のボールス。

 その誇り高き遺骸が、魔族の少女の魔力糸によって、マリオネットのように無理やり動かされていたのだ。


「あははっ! 素敵な鎧でしょう? 泥の中でバラバラになってたから、私が『綺麗に』縫い合わせてあげたの!」


 屍姫は無邪気に笑いながら、かつての円卓の騎士であった巨大な亡骸の脚にすり寄った。

 かつての英雄の尊厳を泥で塗り潰す、最悪の冒涜。

 エレンは怒りと絶望に唇を噛み締め、レイピアを握る手を白くなるほど震わせた。


 だが、その絶望すらも掻き消すような、凶悪な爆笑が甲板から響き渡った。


「……ギャハハハハハハッ!!! なんだなんだ、最高にイカれた泥遊びじゃねェか!!」


 モルドレッドだ。

 彼はかつての同胞の変わり果てた姿を見ても悲しむどころか、歓喜の涎を垂らし、ギザギザの大剣を肩に担いで甲板の縁に立った。


「おい、そこの屍姫(ネクロマンサー)! そのデカブツ、俺が木っ端微塵にぶち壊してやるよォ! テメェもまとめてミンチにしてやるから、そこで待ってろ!!」


「まあ、元気な狂犬(ワンちゃん)! 良いわよ、あなたのその綺麗な金髪も、泥でグチャグチャに汚してあげる!」


 狂犬と、狂った屍姫。

 互いの殺意が毒の沼地でバチバチと火花を散らす中。


 ドンッ!! と。

 アッシュが、震えていたエレンの背中を、無造作に力強く叩いた。


「アッシュ……」

「情けねえツラすんな、エレン。かつての英雄の誇りは、あんな腐った泥人形じゃねえだろ」


 アッシュは深く息を吐き出しながら、右腕の排熱弁を静かに開いた。


 プシュゥゥゥ……。


「モルドレッド。あのデカブツ……生前はどれくらい強かったんだ?」

「あン? 山を一つ、腕力だけで砕いたって噂だぜェ」

「……最高だ。どっちの『鉄屑』が頑丈か、試してみる価値はありそうだな」


 アッシュの右腕『黒陽シリンダーVer.2』と名もなき大剣が、黄金の熱波を帯びて限界まで赤熱していく。

 毒ガスが充満する腐海の森。一歩間違えれば、アッシュの火の粉が引火して大爆発を起こす、極限の死地(ステージ)


「先代の英雄の尻拭いは、俺たちが全部やってやる」


 獰猛な牙を剥いた偽物の太陽が、赤熱した大剣を構え、右腕の排熱弁を限界まで開こうと力強く踏み込む。

 だが、毒と怨念が充満するこの腐海の森が、熱と火の粉を撒き散らす彼ら泥犬にとって最悪の相性であることに、殺意に飢えた彼らはまだ誰も気づいていなかった。

第23話、お読みいただきありがとうございます。

屍姫ネクロは死を愛し、骸を慈しむ。


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